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2007年01月 アーカイブ

2007年01月04日

止まった時間

年末年始の時間の流れは、明らかに普段とは違います。止まっているようにも感じるし、過ぎてみれば非常に短かったようにも思えてきます。社会的な機能の多くが、この期間だけは休止していることも関係しているのかも知れません。時間が物理的な尺度としてあるのではなくて、社会の機能が時間を進ませていくと考えることもできるでしょう。客観的な尺度である時間を主体的にやりくりしているつもりでいても、実はその時間は社会の中で生み出された時間に過ぎないのではないでしょうか。社会の中での役割から解き放たれた時、時間の進み方も違ったものになってきます。

この時期には、ひとつひとつの物事に対応していたはずの時間が、順序や対応関係を失っていくように感じられます。そして時間の順序が喪失すると同時に、物事の立体感もまた失われていきます。テレビなどでその年を振り返る企画が多く放送されることも関係しているかも知れません。物事自体は、喜びであったり怒りであったり、いろいろな感情を伴うものでありながら、時間を剥ぎ取られて同じ平面に並べられると、不思議と冷静に眺めることが可能になります。本当は怒りや悔しさなしでは見ることの出来ない場面や事件は、ある意味他人事であるが故に冷静に観察できるものになります。同時に生き生きとした喜びの感情も、まるで他人事になったかのように薄められてしまうのですが。物事が立体感を失って等価に並び、われわれは傍観者としてその並びを外側から見る視点を獲得するのです。

われわれの住む世界は、われわれに直接利害をもたらす流動した世界でありながら、この時期だけは善悪を超越したひとつの像を結んでいると言えるでしょう。それが体制によってつくられた虚像なのか、それとも体制さえ超える何者かによってつくられているものなのか、それはわからないにしても。いったん傍観者の地位に逃れたわれわれには、しょせん利害は他人事と言えるわけで、そもそも善悪を判断する必要もなくなるわけです。

日常生活が戻ってくれば、止まっていた時間が再び動き出し、物事はまた以前の立体感を取り戻すでしょう。その時、止まっていた時間の記憶あるいは残像は、われわれの日常に何かもたらすのでしょうか。

ひとつ興味があるのは、建築におけるニュートラルな表現というのが、おそらくこの止まった時間と関連しているということです。表現をニュートラルに近づけることで目指されているのは、その時代ごとの枠組みを超えた永遠性なのだと思います。その時代に属する者によっては判断されえない価値、つまり善悪を超えたもの。抽象とか純粋図形とか、最近では薄い皮膜による表現とか、そこには単純さの中にすべてを映し出すことが意図されているはずです。時間との連関を断ち切ることで、どんな配列でもそこには可能になります。ただし、それは機能を断ち切ることと裏腹な関係にあるわけですが。つまり機能主義を装った抽象表現は、そもそも形容矛盾だということです。

2007年01月06日

竜安寺石庭

昨年の12月29日といえば、ちょうど雪が降った日です。降ったといってもほとんど積もることはなく、積もったところでも昼ごろには消えていました。


竜安寺は山裾にあるせいか、まだ少し雪が残っていました。

この石庭は禅の哲学を示していると言われています。しかし、30分ほど前に座っていましたが、正直言ってその意味はわかりませんでした。不思議と落ち着く場所であることは確かですが。

2007年01月22日

カラオケ店の火災

先日の宝塚でのカラオケ店の火事を受けて、消防署によるカラオケ店の立ち入り検査が各地で行なわれているようです。しかし対応が後手にまわっているという印象はぬぐえません。こうした痛ましい事故が起こる前に、何らかの手は打てなかったのかというのが率直な気持ちでしょう。

こうした事故が起きるたびに、専門家の責任や行政の責任が取りざたされます。専門家のうちにはわれわれ建築家も含まれるでしょう。ですから他人事のように言うわけにはいきません。しかし、事故が起こるような建物では、事故が起こるまでは専門家も行政も蚊帳の外にあるのが実情です。そもそもそうした建物の存在自体が、専門家にも行政にも知られていないのです。なぜなら届出もしてないような違法建築ですから建築の専門家が関与しているはずもなく、届出がない限り消防署も私有財産に立ち入りできないからです。裏を返せば、建物を建てる際(増築や用途変更を含みます)にいったん正規のルートをはずれた建物は、地下に潜っていくしかないのです。

法の網にかからない裏社会があるのと同様に、建築にも裏社会があります。この事実をまず認める必要があると思います。麻薬や売春がなくならないのと同じ理由で、違法建築はなくなることはないでしょう。なぜなら需要があるからです。道徳的に悪いということは誰もが知っていても、それだけで悪を一掃できるわけではありません。

こうした事故の後で、表面的な対策は打ち出されたとしても、しばらくすればまた同じような事故が起こってしまうのは、何かが根本的に間違っていて、対策が結局その根本的な部分に踏み込めないからでしょう。これは技術的な問題ではなくて、社会の成り立ち自体に関わってくる問題です。根本的にこうした闇の部分とのかかわり方を考えない限り、残念ながら同じことが繰り返されるのだろうと思います。

2007年01月28日

スルギドゥン来日コンサート

すべてのものは、形式として完成する寸前と、いったん完成した形式が崩れていく瞬間が美しいのだと思います。形式としての完成を目指している間は、まだ見ぬその形式は永遠の理想です。しかし完成してしまえば、形式は退屈な足かせにすぎなくなります。そこで今度はそれまで歩んできた道を逆にたどり、形式化される前の混沌を追い求めるようになります。それが形式の崩れる第一歩です。

近代建築においては、様々な流派の入り乱れる葛藤の後、均質空間という形式が完成します。そして第二次大戦を経て、均質空間は世界を覆いつくしていきますが、それは一方で硬直化のはじまりでもありました。その反動がポストモダンとして現れます。近代建築がもっとも輝いたのは、均質空間として定式化される前のほんの一瞬、そしてポストモダンが輝いたのは、均質空間に風穴が開けられたほんの一瞬でした。どちらにしても長続きしたとは言えません。むしろ永続することは原理的に不可能だと言えるでしょう。なぜなら、完成形としての近代建築(インターナショナルスタイル)という本体がまずあって、その前後を短期間だけ占めるという位置づけこそが、初期の近代建築やポストモダンを輝かしく見せていたのですから。ポストモダンを経た現在は、本体自体が消滅してしまい、そのためにそれへの批判すら根拠を失ってしまった時代と言えるでしょう。

26日に大阪国際交流センターで開催されたスルギドゥン(韓国国楽室内楽団)のコンサートに行ってきました。朝鮮の民族音楽、そして民族楽器によって演奏される新しくつくられた曲は、形式がたどる歴史を象徴していたように思います。2部構成のうちの第1部は、伝統音楽です。響きには大陸的なものが感じられます。独特なのはリズムで、どんな拍子にも合わない、いわば均質化される前のリズムです。流れる時間がそこでは違っていたのかもしれません。第2部になると、リズムは既に均質化されています。響きは伝統音楽から引き継いでいますが、リズムは西洋音楽と変わりません。時間の流れに共通の尺度ができたかのようです。基本となるリズムが通底してしまえば、他のジャンルとのフュージョンも可能になります。実際このコンサートではジャズ・テナーサックス奏者と共演する曲目がありました。

しかし形式の完成は、呪縛でもあります。形式が完成された地点から見た伝統は、もともとの伝統とは別物になっているのではないかと思うのです。それは戦後の教育を受けた世代が、日本の伝統について考える場合の問題と共通します。小節が繰り返されることによる均質な流れとは別に、そうした記譜法に縛られない時間の流れが伝統音楽にはあったはずです。しかし、そう考えるわれわれ自身が、すでに均質な流れの中にいてそう思っているに過ぎない、というのがパラドクスなのですが。

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