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時間の単位

時間の単位には、「秒・分・時・日・週・月・年」などがあります。これは相互に関連していますが、関連の仕方を見ていくと面白いことがわかります。

1分は60秒、1時間は60分、1日は24時間、1週間は7日です。これらは一律に対応関係が決まります。それに対して、1ヶ月は28~31日、1年は365あるいは366日ですから、一意的な対応関係ではありません。通常単位というのは、相互に変換可能でなければなりませんが、時間の単位に関してはそうではないようです。

なぜこうしたことが起こるのかというと、時間の単位が天体の動きを後追いしているからです。「日」と「年」は太陽の周りの地球の動き、「月」は月の動きです。「日」と「年」が食い違うのは地球の動きに自転と公転とがあるからで、「月」が他と整合しないのは、月の動きが地球の太陽の周りの動きとはまた違ったものであるからです。これらの別々の動きを無理やりひとつに統一しようとするからこそ、「日・月・年」が複雑な関係に陥ってしまうのです。

「秒」は、初めは1日の長さの86,400分の1で定義されていましたが、それでは不正確だということで、現在では原子の周期によって定義されています。ということは、つまり科学的に正確な単位である「秒」と、「日・月・年」など他の単位とは、正確な対応関係がないということです。こうして問題がますます複雑になります。

科学の分野では「秒」を使えばまったく問題ないのですが、日常生活では「日・月・年」などの単位の方が便利ですし、明るさや季節といった情緒的な部分は「秒」では表わせません。ですから時間の単位には、正確な単位とそうでない単位との2種類あることがわかります。正確でないといってもまったくでたらめというわけではないのですが、「日・月・年」の相互変換に関していえば、どうしても後知恵的な感じがします。しかしそうした正確でない単位には、精神面での親和性というメリットがあります。

時間の単位にはもうひとつ「週」があります。1週間は7日ですから、こちらは「日」という単位を前提にする限りでは正確です。「月・年」とは当然対応しません。不思議なのは、「月」という似通った単位があるにもかかわらず、それと別に「週」という単位が独立してあるということです。7という数字に宗教的な意味があったのかもしれませんが、7日ごとに繰り返す時間というのは、「月」で表現される時間とはまた別の時系列のような気がします。「月」の場合には、12ヶ月たてば同じ季節が回帰しますが、「週」の場合には、7日ごとの回帰以外には回帰はありません。たとえば5月や12月のイメージや季節感というものがあるのと同様に、月曜日や水曜日のイメージというのがそこには生まれるはずです。また曜日以外に回帰するものがないということに、世界と向き合う単独者のイメージを私は想起します。おそらく文化というものにおいて、回帰する時間と回帰しない時間とは二重写しのような構造になっているのではないでしょうか。

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2007年04月29日 12:35に投稿されたエントリーのページです。

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