先日ネットカフェにはじめて行きました。
通常のカフェでは、飲み物の対価を支払います。席でそれを消費するのは、附随したサービスです。それに対してネットカフェは、席を占有する時間の対価を支払います。飲み物は無料です。席はパーティションで囲われていて、完全なプライバシーがあるわけではないのですが、一応囲まれているという安心感があります。そこで何をするかは自由です。インターネットをしたり漫画を読んだりというのが本来の使い方ですが、何もせず過ごすこともできますし、実際そうした使い方をする人も多いようです。
Don't disturb
閉ざされたドアの中だけが
私になれる場所 (竹内まりや『マンハッタン・キス』)
自分の居場所といった場合、これまでならば自宅や自分の部屋という答えが当然のように予想されたのでしょうが、こうした伝統的な空間概念は、現在ではかなり揺らいでいるのではないでしょうか。
居場所は安定した恒久的なものである必要はなく、一時的なものであっても構わない。一日の半分以上は空けているにもかかわらず家賃やローンを払い続ける自分の部屋よりも、自分が使う間だけそこにあればよいという空間、自分がいなくなれば当然なにもかも消え去ってしまう空間、むしろそうした空間の方に現代のリアリティーがあるのかもしれません。
ネットカフェが「私になれる場所」なのだとしたら、それは(不倫における)ホテルという空間にかなり近いものがあるとふと思いました。
