広島紀行
広島に行ってきました。目的はクルマ関係のオフ会なのですが、広島市内も少しだけ見て回りました。
平和記念公園を訪れたのは10数年ぶりです。この場を支配するのは、やはり軸線が持つ力だということを改めて感じました。公園を取り巻く道路や川の配置は、直交グリッドから微妙にずれているのですが、丹下健三の平和記念資料館が配置されることで、あたかも原爆ドームが直交グリッドに載っているかのように錯覚させられるのです。無秩序の中に秩序をつくり出すこと、そこに記念性というものが存在するのでしょう。
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広島に行ってきました。目的はクルマ関係のオフ会なのですが、広島市内も少しだけ見て回りました。
平和記念公園を訪れたのは10数年ぶりです。この場を支配するのは、やはり軸線が持つ力だということを改めて感じました。公園を取り巻く道路や川の配置は、直交グリッドから微妙にずれているのですが、丹下健三の平和記念資料館が配置されることで、あたかも原爆ドームが直交グリッドに載っているかのように錯覚させられるのです。無秩序の中に秩序をつくり出すこと、そこに記念性というものが存在するのでしょう。

四条通りの烏丸から河原町まで、河原町通りの四条から三条まで、京都で一番賑やかな通りです。祇園祭の巡行ルートにもなっています。
昨日用事があって四条烏丸から河原町三条まで、通りに沿って歩きました。実はこの通り、僕は歩いていて全然楽しいと思えません。他の都市の繁華街というのは、特別なイベントなどなくても、ただ歩くだけでその都市を実感できるのですが、京都の場合はそれがないのです。
久しぶりに行ったのですが、テナントが入れ替わったり、ビルそのものが建て替えられたりして、以前の記憶とは街並みが異なっています。丸善も今はありません。高島屋も、パリのラファイエットを真似したようなファサードに改装されています。記憶を伝えるものがどんどん失われています。
場所の記憶は、地形や建築によって伝えられていくのですが、建築が記憶を伝える装置であるためには、少なくとも人の一生の間くらいは、そこに建ち続ける必要があるでしょう。しかし、ここでは建築は、数年か、せいぜい20年程度で変わっていきます。もはや建築に記憶の伝承を託すことは不可能です。地形の方も、単に縦横に道路が走っているというだけで、とりたてて特徴があるわけではありません。
記憶を伝える装置が失われていくのは、別に京都に限った話ではないでしょう。でも他の都市には、失われていくものを補完するような新しい価値が同時につくられてるように思います。あるいは変えていいものと変えてはいけないものとの区別が、自然に行なわれているように思います。今の京都では、薄っぺらな賑わいを引き剥がせば、後には何も残りません。
その街の潜在能力を見るのに一番簡単なのは、それがドラマや歌の舞台になりうるかどうか想像してみることです。銀座や渋谷はそうした舞台になりえます。京都でも祇園はかろうじてそうした舞台になるでしょう。しかし四条通りや河原町通りは無理です。
最近行政もそうしたことを考え始めてはいるようです。四条通りをトランジットモール化する構想もあるようです。それは良い方向だとは思いますが、ちょっと手遅れかなという感じがしないでもありません。

広島で20年以上前のスカイラインを見かけました。プリンス自動車がつくっていた初代から数えると、6代目のスカイラインです。現行型は12代目ですから、6代も遡ることになります。オーナーは大事に乗っているようです。
第3代以降は、形はすぐに思い浮かべることができますが、僕が好きなのは、この第6代と次の第7代のスカイラインです。特に第7代は、デザイン的には日本のこれまでの車の中でベストだと思います。
しかし6代、7代、それに5代を加えて、この3代の間のスカイラインというのはあまり良い評価を受けていません。そこそこ売れてはいましたが、相対的な地位は下がっていきました。なぜなら、速いクルマは他にもありましたし、バブルの時代に似つかわしい豪華なクルマも他にいろいろあったからです。要は中途半端で、市場の波に乗ることができなかったのです。これが日産が凋落していった要因のひとつです。
第5代から7代のスカイラインは、GT-Rをラインナップに持たないという共通項があります。第3代GT-Rで確立した「速い」というイメージを、うまく引き継ぐことができなかったのです。背景には排気ガス規制がありますが、その対応に後手を踏み、かといって「速い」というイメージに代わる価値観を提示することもできず、ただ過去の遺産を食い潰していただけのように、多くの人の目には映ったのでしょう。
第8代がGT-Rを復活させ、レースで実績を積み重ねるにつれて、負の歴史である5代から7代は忘れ去られていきました。スカイラインのイメージが、GT-Rの伝説的な速さに頼ったものである以上、評価基準はあくまで性能なのです。ただ第8代に関しては、デザイン的にそこそこ見るべきものはありましたが。
3代目スカイラインGT-Rがつくった伝説によって、スカイラインは常に「スカイライン」という自身の記号性を基準にして評価されることになります。他の名前であったら何の問題もなく受け入れられるものが、自身の記号性によって否定されることもあるのです。第5代から7代のスカイラインが甘受せねばならなかったのは、その記号性です。その記号性のゆえに、決して主流にはなり得なかったということです。
やや強引かもしれませんが、桂離宮がたどった歴史を重ね合わせることができるかもしれません。書院造をパーソナルなものにつくり変えようとする志向(さらに言えば、パーソナルを通じて普遍に至ろうとする志向)は、書院造が本来持っている権力的な志向とは相容れません。それが桂離宮が長い間、ほとんど忘れ去られていた理由でしょう。
記号の陰に隠れてしまうもうひとつの伝統について、あらためて考えてみることが大事でしょう。建築もクルマも。