
広島で20年以上前のスカイラインを見かけました。プリンス自動車がつくっていた初代から数えると、6代目のスカイラインです。現行型は12代目ですから、6代も遡ることになります。オーナーは大事に乗っているようです。
第3代以降は、形はすぐに思い浮かべることができますが、僕が好きなのは、この第6代と次の第7代のスカイラインです。特に第7代は、デザイン的には日本のこれまでの車の中でベストだと思います。
しかし6代、7代、それに5代を加えて、この3代の間のスカイラインというのはあまり良い評価を受けていません。そこそこ売れてはいましたが、相対的な地位は下がっていきました。なぜなら、速いクルマは他にもありましたし、バブルの時代に似つかわしい豪華なクルマも他にいろいろあったからです。要は中途半端で、市場の波に乗ることができなかったのです。これが日産が凋落していった要因のひとつです。
第5代から7代のスカイラインは、GT-Rをラインナップに持たないという共通項があります。第3代GT-Rで確立した「速い」というイメージを、うまく引き継ぐことができなかったのです。背景には排気ガス規制がありますが、その対応に後手を踏み、かといって「速い」というイメージに代わる価値観を提示することもできず、ただ過去の遺産を食い潰していただけのように、多くの人の目には映ったのでしょう。
第8代がGT-Rを復活させ、レースで実績を積み重ねるにつれて、負の歴史である5代から7代は忘れ去られていきました。スカイラインのイメージが、GT-Rの伝説的な速さに頼ったものである以上、評価基準はあくまで性能なのです。ただ第8代に関しては、デザイン的にそこそこ見るべきものはありましたが。
3代目スカイラインGT-Rがつくった伝説によって、スカイラインは常に「スカイライン」という自身の記号性を基準にして評価されることになります。他の名前であったら何の問題もなく受け入れられるものが、自身の記号性によって否定されることもあるのです。第5代から7代のスカイラインが甘受せねばならなかったのは、その記号性です。その記号性のゆえに、決して主流にはなり得なかったということです。
やや強引かもしれませんが、桂離宮がたどった歴史を重ね合わせることができるかもしれません。書院造をパーソナルなものにつくり変えようとする志向(さらに言えば、パーソナルを通じて普遍に至ろうとする志向)は、書院造が本来持っている権力的な志向とは相容れません。それが桂離宮が長い間、ほとんど忘れ去られていた理由でしょう。
記号の陰に隠れてしまうもうひとつの伝統について、あらためて考えてみることが大事でしょう。建築もクルマも。
