三ノ宮神社

「三ノ宮」といえば神戸が有名ですが、京都市山科区にも神社の名前として残っています。おそらく同様の名前は全国にあるでしょう。ちなみに山科では、山科神社の別名が一ノ宮神社です。四ノ宮は、京阪電車の駅名にあります。
中世の山科は7つの村からなり、山科七郷と呼ばれていますが、その七郷の会合が三ノ宮神社で行なわれていたとされています。五条通り(国道1号線)や新幹線より少し南側です。かつてはこのあたりが山科の中心地だったようです。
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「三ノ宮」といえば神戸が有名ですが、京都市山科区にも神社の名前として残っています。おそらく同様の名前は全国にあるでしょう。ちなみに山科では、山科神社の別名が一ノ宮神社です。四ノ宮は、京阪電車の駅名にあります。
中世の山科は7つの村からなり、山科七郷と呼ばれていますが、その七郷の会合が三ノ宮神社で行なわれていたとされています。五条通り(国道1号線)や新幹線より少し南側です。かつてはこのあたりが山科の中心地だったようです。
建築にはもちろん土地が必要ですが、ここでは土地は既に取得済みとして、建築に関わるコストを考えます。建築コストというと、通常は建築工事金額を思い浮かべますが、実際に必要な総額は、工事金額の1.2倍から1.5倍程度になります。もちろんこれはローンの金利支払いは含まない数字です。工事金額以外に必要なのは、取得税等の税金、地盤調査費用、建築確認等の申請費用、設計事務所に設計を依頼する場合には設計料、上下水道の引き込みが必要な場合はその工事費と負担金、ローンの場合にはその手続きに関わる費用、地鎮祭や上棟式の費用、建て替えの場合には旧家屋解体費用や仮住まいのための費用等です。工事金額の1.5倍にもなるのは、これらがすべて必要な場合ですが、これらの費用を最小限に抑えた場合でも、やはり工事金額の2割程度は工事金額に上乗せして必要になってきます。たとえば3000万円の工事金額だと、最低600万円は余分にお金が必要ということになります。最初から工事金額が3600万円で、それ以外のお金は不要と言われれば納得できたものを、工事金額以外にも実はお金が必要で、合わせて3600万円になると言われても、すぐには納得できないのは人間の心理でしょう。
建物の規模による影響を除いた工事金額の比較をするために、いわゆる「坪単価」が使われます。平成14年度の住宅金融公庫の資料では、在来木造住宅の工事費用は53.8万円(1坪当たり)、木質系プレファブ住宅(いわゆるメーカー住宅です)の工事費用は60.6万円(1坪当たり)です。スチール系プレファブ住宅は63.8万円(1坪当たり)になります。これは全国平均で、地域ごとにはかなりバラツキがあります。それと、例えばプレファブ住宅の方が設備が充実しているというような傾向がもしあれば、数字を単純に比較するのは難しくなるわけですが、それは調べようがないので、とりあえずこの数字が性能的に同程度の住宅を表していると仮定して話を進めます。
同じ木質系ということで、在来木造と木質系プレファブを比較することにします。プレファブ住宅の方が、坪単価で6.8万円高いわけですから、プレファブが安いとは言えません。しかしプレファブ住宅の場合は、設計料は既に工事金額に含まれています。それに対して在来木造の場合は、設計料が工事金額に含まれている場合もありますし、工事金額とは別で設計事務所に設計料を支払っている場合もあります。設計料は工事金額の10%程度ですから、坪単価でいくと5.4万円です。もし在来木造がすべて設計事務所の設計ならば、それが上乗せされ、プレファブと在来木造のコストは接近します。実際にはすべてが設計事務所の設計ではないのですが、それでも差は縮まる方向に動くわけです。
プレファブのメリットとして、工期が短いというのがあります。新しい家が早く完成すれば、仮住まいでマンション等を借りる期間が短くてすみます。在来木造より2ヶ月早く完成するということは、家賃2か月分が浮くわけですから、それを30万円とし、新しく建てる家を仮に30坪とすれば、坪当たり1万円が浮く計算になります。そうするとここでもやはり、プレファブと在来木造の坪単価は、近づく方向に動くわけです。
別にプレファブ住宅の肩を持つわけではありませんが、冷静に見たら、次のように言えると思います。プレファブは、工場生産によって住宅を安く供給するという本来の役割は果たしていないけれども、かといって在来木造と比べて極端に高いわけでもないということです。プレファブ住宅の値段設定は、住宅を建てようとする人の微妙な消費者心理を突いていると思います。人間の心理としては、「設計料不要で、トータルでこれだけです」と言われたほうが納得しやすいのでしょう。ただし実際には、設計料は不要ではなくて、工事金額に含まれているだけなのですが。
プレファブ住宅が安いと思って契約したが、実際にはオプション工事が増えて高くついたという声もよく聞きます。ということは、おそらく契約の時点では、在来木造よりトータルで安いと判断される場合が多いのでしょう。そうすると、ますますプレファブ住宅の価格設定の絶妙さに感心せざるを得ません。住宅メーカーというのは、人間の心理をよく研究していると思います。
プレファブ住宅では、カタログから商品を選ぶような感覚で、あらかじめ金額の見通しが立つのに対して、在来工法の場合には、工事金額にしろ設計料にしろ、見通しが立てにくいのかもしれません。しかし価格は市場で決まるものですから、極端にかけ離れた数字が出てくるはずはないですし、工夫次第でコストを抑える余地があるのも、在来工法の特徴です。
住宅を手に入れる方法はいくつかあります。分譲マンションや建売住宅のように、あらかじめ出来上がったものを購入する方法もありますし、住宅メーカーに依頼する方法もありますし、工務店に依頼する方法もあります。ここでは、出来合いの住宅を買う方法ではなく、これから建てるとした場合の、仕事の流れと建築コストについて書きます。
住宅メーカーに依頼する場合は、店で商品を選ぶ感覚に近いと思います。もともと各メーカーには基準になるようなプランがあって、それをアレンジすることでプランが出来上がります。外装材や内装材を選択できる場合はそれらを選択し、あと必要なオプションを追加すれば設計完了です。工場生産のパネルを現場で組立てる方式なので、工事期間は短くて済みます。工業製品であることによる品質の安定は、メリットと言えるでしょう。建築コスト的には、工事金額が早い段階ではっきりすることが特色です。工業製品なので、部品の値段を合計すれば全体の金額になるというわけです。
工務店に依頼する場合、設計込みで契約する方法と、設計を別にする方法とがあります。設計込みの場合には、設計にかかる費用は工事費に含まれる形になります。設計別の場合は、設計を設計事務所に依頼することになるので、工事費の他に設計事務所に支払う設計料が必要になります。手順としては、まず設計事務所と打ち合わせをして設計図書(図面等)をつくり、その設計図書を工務店に渡して見積りをしてもらうことになるので、工事金額の確定まではかなり時間がかかります。それと設計事務所は、依頼主の予算に合うよう、細心の注意を払って設計しますが、工務店が提示する見積り金額が、予算内に納まる保証はありません。なぜなら実際の金額は市場価格によって決まるからです。ですから、用意しなければいけない資金の目途が付けにくい方式とも言えますが、金額が市場によって決まるということは、経済の本来の意味から言えば、適正価格に決まるとも言えます(ただし談合とかがなく、競争条件が整っていればです)。
設計込みの場合は、設計者と施工者が同じなので、設計別の場合と比べれば、工事金額は早く確定します。ただし金額が市場価格になっているかどうかはわかりません。あるいは予算を先に決めて、その予算内に工事費が納まるように依頼した場合、コストの調整が品質を下げることで行なわれる可能性もあります。しかし悪い面ばかりではなくて、信頼関係があれば、一番融通が利く方式でもあります。
それぞれにメリット、デメリットはあります。いろいろな次元の条件が絡むので、比較は簡単ではありません。コストにしても、何に対してのコストなのかをまずはっきりさせないと、比較に意味がなくなります。建築は、原則は一品生産ですから、コストはそれぞれ違うのですが、支払う金額が大きいだけに、それが適正価格なのかとか、他と比べて割高ではないのかと、疑念が生じるのも当然だと思います。住宅メーカーが採用しているような、住宅を部品の組合せに還元してしまう方法は、コスト問題に対するひとつの解答ではあります。しかしそうした方法では、大事な何かが抜け落ちていくように思われます。
ここで発想の転換が必要だと思います。同じような外観、同じような間取り、同じような仕上げで、一見比較可能に見えるからこそ、むしろお互いの細部やコストが気になるのではないでしょうか。もともと他と比較しようのないものであれば、コストを比較することに意味はなくなります。住宅が、その人にとってのオンリー・ワンになればいいわけです。漠然とであっても、自分が望む空間や機能をどれだけのコストで実現したいのかを、まず思い浮かべることが先決です。そしてその条件で、自分が納得する住宅を提案してくれる設計者を探す方が、はるかに能率的なはずです。
そしてそれが実はコストを下げる一番有効な方法でもあるのです。なぜなら、求めるものがはっきりしていれば、余計なことにコストをかけずに済むからです。始めは漠然とした要望であっても、設計者と何回か打ち合わせをする中で、だんだんとそれが具体的な輪郭を持ち始めます。そのプロセスが大事です。設計というのは、単に工事に必要な図面を描くという作業ではなく、条件を整理し、要望を具体化していく行為なのです。ですから設計は、工事と同程度に、あるいはそれ以上に大切なプロセスです。そしてもちろん、それは建て主と建築家との共同作業です。この段階で納得できるまでこだわるという姿勢が大事です。

設計にあたって、3つの条件を設定しました。
1.ソリッドな材料を使う
2.環境負荷の低減
3.ガレージを取り込む
下地を組んでおいて、そこにボード(板)を両側から張るというつくり方が、現在の建築では主流です。外壁も内壁も、中は空洞です。その空洞部分に断熱材を入れたりします。比較的自由な造形ができるというメリットがありますし、建物を軽くできるというメリットもあります。しかし、質感はあくまで表層だけの質感にとどまります。中味は詰まっていないのですから。
ソリッドな材料だけで建築を構成できないだろうかといつも考えています。選んだ材料は、鉄骨とALC(軽量コンクリートパネル)、それにコンクリートです。安価な材料であっても、ソリッドなものには存在感があります。
夏の太陽は高い位置に来ますし、冬の太陽は低い軌道を描きます。ですから適度な庇の出は、夏の日射を遮り、冬には日射を室内に取り入れるという役割を果たします。こうした効果を生かすため、周囲に1m程の庇を巡らせています。また庇があるほうが、雨仕舞の上でも有利です。

1階をガレージにした住宅のプロトタイプを考えてみました。問題は玄関との関係をどうするかです。ガレージの奥にあるのは勝手口で、玄関は左の階段を上がった2階レベルに設けています。玄関をできるだけオープンな形にしたかったので、このようにしています。帰って来て、直接ダイニングの方に行きたい場合には、勝手口から入るのが最短距離になります。しかし住宅プランにおいては、最短距離が常にベストとは限りません。一度階段で玄関まで上り、また屋内の階段でダイニングに下りるというルートをたどることで、空間の変化を体験でき、その住宅がより親密に見えてくるはずです。
内部はスキップフロアのワンルームです。ガレージの上がリビング。階段を下りると、ダイニングキッチンとベッドを置いたコーナーがあります。天井の高さは、リビングで2.5m、他の部分で4.5mあります。道路側から奥の庭側に、視線と風が通るようになっています。
イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』という小説があります。小説の主人公はマルコ・ポーロで、世界中の珍しい都市の様相を、フビライ汗に語って聞かせるという内容です。そこで語られる都市は、現実世界と寓話的な接点を持ちつつも、現実にはありそうもないような都市です。しかしありそうもないというのは、その都市を見たこともない私たちの勝手な思い込みかも知れず、真偽は判定不可能です。確かなことは、文字によって何か都市らしきものが描写されているということだけです。実体が見えないままでも、言葉によって何らかのイメージはそこに現れてきます。
「見えない都市」からの類推で、「見えない職業」というのもあるのかなとふと思いました。真っ先にこの範疇に入るのは、建築家です。建築物が建った時、そこに実物があるということは、それを造った人々がいるということです。それが職人であることは疑いようがありません。だから職人は「見える職業」です。それと建築にお金を出す人、すなわち建築主がいなくては建築物は建ちません。その意味では、建築主も「見える」と言えます。
これらの「見える職業」に対して、その間に介在する設計という行為は、想像力を駆使しない限り見えてきません。通常は「見えない職業」なのです。表現されたデザインは、建築主の要望です。物としての良し悪しは、職人の腕に掛かっています。設計という行為は、入り込む余地がないか、あるいは建築主や職人の仕事に付随する行為としてしか捉えられていません。
建築の専門雑誌を別にすれば、新しくできた建築物がメディアに載る場合に、設計者の名前が記載されることは稀です。このことからも、建築家の置かれた位置をうかがい知ることができます。とくに日本の場合には、大工が設計から工事まですべて行なうという慣習があるため、設計という行為の独立性が見えにくくなっています。
たしかに建築家なしでも建築物は建ちます。では設計という行為は不要なのでしょうか。建築家は虚業なのでしょうか。
見えるものだけしか信じないというのであれば、「見えない職業」である建築家など不要でしょう。しかしカルヴィーノの『見えない都市』がそうであるように、見えない部分にこそ想像力が働く余地があります。今ここにあるものとは別の可能性を考えられるのが、建築家という職業なのだと私は思います。