ガソリン価格と交通政策
一時期、1リットルあたり200円を超えるのではないかといわれたガソリンの価格ですが、最近は少し下がってきています。といってもまだまだ高水準ではありますが。
でもガソリンが高いと言う場合、漠然とそう言うだけではなく、何に対して高いのか考えてみる必要があります。もちろん収入に対して高いということなのですが、その前にもう少し細部を検討する必要があります。交通手段ということでは、公共交通機関という代替手段があります。ガソリンが本当に高いのであれば、代替手段への移行が起こって当然なのですが、そうした移行が進んでいるとは思えません。ということは、現在のガソリン価格は、まだまだ許容範囲にあるのだとも言えます。
同じ場所に行くのに、公共交通機関と自家用車の場合を比較してみます。公共交通機関で1000円かかる場所に行くのに、自家用車でガソリン代が 1200円かかるとします。かかる時間は同じだとします。経済原則からすれば、公共交通機関を選択するという結論になるでしょう。でも実際は違うのです。自家用車なら、自宅から駅まで歩く必要がありません。雨の日に傘をささずにすみます。電車の乗り換えの手間もありません。車の中で好きな音楽を聞くこともできます(ヘッドホンを使えば電車でも可能ですが)。これらをすべて考慮したうえで、自家用車が選択されるということなのです。額面の数字だけで交通手段の選択が行われるわけではありません。ですから、公共交通機関を選択させたかったら、ガソリン代はもっと高くてもいいということなのです。
交通政策という観点からすれば、国民にアクセシビリティーを保証することが基本になります。公共交通機関が整備された地域で、それでも自家用車に乗りたいという人がいれば、その人には相応のガソリン代を負担してもらえばいいのです。長期的なヴィジョンや、環境のことなどを考えれば、ガソリン代はヨーロッパ並みに、1リットル250円から300円でもいいと思います。
公共交通機関を整備しても、利用者が少なければ、収支は赤字になります。赤字を解消しようとして運賃を値上げすれば、交通手段は自家用車にシフトし、公共交通機関の利用者はますます少なくなります。今現在でさえ、額面に現れない効用まで含めたら、自家用車の方が割安だと多くの人が考えているのですから、公共交通機関の値上げは、ますます格差を広げるだけです。そして自家用車を持たない人などの、本当に公共交通機関を必要とする人にしわよせが行くことになるのです。
10月1日の京都新聞には、「京都市営地下鉄、運賃大幅上げも 資金不足 全国最高290億円」という記事が載っていました。
巨額の建設費が原因で、1日当たりの収入7000万円に対し、
利子を加えた建設費返済金は7600万円。人件費などの運営
費を引くと毎日4300万円の赤字を続けている。
せっかく地下鉄を整備しながら、自家用車の規制に踏み込めないということが、交通政策の矛盾を示しています。鉄道やバスに関する政策と、自動車に関する政策は、本来は別々に考えられるものではないのです。アクセシビリティーの確保という観点から、総合的に考えられなければなりません。市街地への自家用車の進入規制という直接的な手段が採れないならば、ガソリン税を引き上げる等の間接的な手段を採るしかないでしょう。ガソリン価格が上がったとしても、それは受益者負担ということですから、不平等ではありません。
ひとつ問題なのは、鉄道や地下鉄路線のない地方ではどうするかということです。自家用車以外交通手段がない地域というのは、まだまだたくさんあります。そうした地域には、ガソリン税を減免するなどの措置が必要でしょう。公共交通機関の普及率に応じてガソリン税や自動車税の税率を決めるというルールでもいいかもしれません。








