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『しあわせ芝居』

♪私みんな気づいてしまった しあわせ芝居の舞台裏
 電話するのは私ひとり あの人から来ることはない

 中島みゆき作詞作曲で、桜田淳子も歌っていました。あらためて聴いてみると、恐ろしいまでに深い曲だというのがわかります。芝居のメタファーは、お互いの自我を前提とした恋の駆け引きを表わしていることが多いのですが、この曲では、そもそも自我とは何なのかという根源が主題化されているのです。

 どんなわがままも受け入れてくれる男がいて、なお満たされない心。幸福で均質に満たされてしまっているがゆえに、逆にそこに空白が生まれてしまうのはなぜでしょうか。均質性に満たされることで隠蔽されるのは、その幸福が最初は他者によって与えられたという起源です。ですから空白を満たすためには、自分の分身や自分の延長ではない本当の他者を、均質性の中に再び見出さなければなりません。

 彼女は男に他者であることを求めます。しかし、彼はどこまでいっても彼女自身の妄想の延長でしかありません。彼は、彼女の望みを何一つ拒否することがありません。望むものはすべて与えられます。

 彼の行動は、常に彼女の要求に対するリアクションであり、彼の方からの働きかけはありません。唯一彼の意志があるとすれば、それは彼の方から電話をしてこないということに、裏返された形で表現されています。つまり他者としての彼は、彼女を拒否しているということ。

 「他者とは地獄である」というサルトルの言葉を思い起こさせるような残酷な結末です。しかし、そうした結末を望んだのは彼女の方だったとも言えます。幸福に満たされた現在の生活に疑問を抱かないという選択肢もあるわけですから。天国と地獄は共存しているということなのか、あるいは地獄があるから天国を夢見ることが可能になるのか。いずれにしても、天国と地獄が単純な二分法ではなく、相互に絡み合った関係であることは確かです。均質な空間を裏返すような裂け目として、他者は存在するのかもしれません。

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2009年06月28日 09:51に投稿されたエントリーのページです。

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