『喝采』
♪暗い待合室 話す人もない私の
耳に私の歌が 通り過ぎて行く
ちあきなおみが歌った『喝采』の2番の歌詞である。
何かの作品をつくったことのある人なら、作品が自分の手を離れて、あたかも他人のものであるかのように感じた経験を持っているに違いない。それは表現することの宿命かもしれない。
この歌の主人公にとって、作品とは歌手という存在そのものだ。つまり自分の分身。歌手になるという夢を叶えるため、彼女は過去を振り捨てる。それは自己実現のためのプロセスである。そして夢は現実のものとなった。
しかし、ラジオあるいはテレビから流れてくる自分の歌を聞く彼女には、叶えられた夢は虚像に映ったに違いない。待合室にひとり座っている彼女、誰も話しかけてくれさえしない彼女、夢を叶える前の何者でもない彼女。しかし、そんな自分こそが逆に実体に思えたのかもしれない。
実体と虚像との二重化。本当の自分はどちらなのか。おそらくどちらでもなく、自分の姿を見ている自分の意識だけがそこにある。
この歌がつくられたのは70年代。実存主義が色濃く反映されているように思える。
