鉄骨ALC住宅プロトタイプ最終型

これまでいくつか鉄骨ALC住宅のプロトタイプを考えてきましたが、今回が最終型です。もちろんこれ以外の形があり得ないということではなく、あくまでプロトタイプとして最終型という意味です。具体的には、敷地の形状等によってバリエーションはあり得ます。しかし原型(プロトタイプ)にあらかじめ拡張性を組み込むことで、それらのバリエーションに対応することは可能です。
建築は通常、内部と外部という概念で語られます。内部は人が住む場所で、外部はそれ以外です。外部は社会に面しています。この内部と外部という関係が現代社会の基底にあるだろうということを、『建築の起源を巡って』で書きました。内部と外部の区別があるということは、それらを区別する「もの」(具体的には壁等)があるはずですが、この「もの」が持つ厚みには、あまり関心が払われていないようです。そればかりか、内部と外部の仕切りを、あたかも皮膜であるかのように捉え、厚みのない表層だけで建築を語ることが主流になっているとも言えます。皮膜といっても、実際には建物を支える構造であったり、空調や照明や断熱材等、内部の環境を整える装置が組み込まれていたりするのですが、出来上がった後では、仕切りとしての機能と表層のテクスチャー以外は見えなくなります。

石張りならば重厚性という記号、ペンキ塗りならば平滑性という記号というように、テクスチャーを構成する材料は、もともとの材質ではなくて記号として語られるようになります。建築についての語り口は、そうした記号の組合せになります。省エネ性能や温熱環境も記号化されますから、結局建築の評価は、広告の宣伝文句の羅列のようなものになってしまうわけです。
内部と外部の間にある「もの」の領域というものに、もう一度注目する必要があるのではないかと私は考えています。それだけでなくて、内部と外部を分けるという考え方そのものをいったん無効化する必要があるのではないかと思います。内部も外部も「もの」も、同じように自分の場所を持ち、それぞれが従属関係にならずに等価であり続けるような、そんな建築を考えてみたいのです。

鉄骨ALC住宅プロトタイプは、もともとはそうした発想に基づくものです。材料には、鉄骨とALCを使います。これは鉄骨とALCが現代を代表する材料だからです。鉄骨は線材、ALCは面材ですから、組立ては単純にはいきません。まず第一に、ALCパネルを切り欠かない組み立てとする必要があります。切り欠いた部分に鉄骨が貫通すると、ヒートブリッジになるので、断熱性のある材料であるALCを使う意味がなくなってしまいます。しかしそれ以上に、鉄骨とALCを等価な材料として扱うという前提が失われてしまいます。パネルはあくまでパネルのまま使う必要があるのです。第二に、ALCパネルは鉄骨の片側にしか取り付けられないので、パネルを取り付けた側と取り付けない側との非対称性が生まれます。つまりALCそのものには表も裏もありませんが、鉄骨との組合せによって表と裏が発生するのです。これを内部と外部という非対称性に結び付けないような構成が必要とされます。それらの問題の所在と解決を提示したのが、今回の最終型です。

草原の上に置かれた箱のように見えますが、この箱には3本の隙間が挿入されています。それは構造体でもあります。その隙間は外部空間ですが、パネルの表裏でいけばこちらが裏になります。つまり居住部分という表側を、外部空間が裏から支えるという構成になっています。通常のALCの使い方とは逆です。別の見方をすれば、その隙間は、通常は壁の中に納まって見えなくなってしまう部分を可視化したとも言えます。壁の中に閉ざされてしまうのではなく、そこに外部空間が流入することで、本来見えなくなってしまう構造体や設備等がさらけ出されています。
建築とは、そこに何らかの場所をつくることですが、それを囲まれた特別な場所にならないようにつくりたいと考えています。囲まれた特別な場所とは内部空間のことですが、いったん内部空間が成立すると、人の意識の内にも内部と外部という思考の枠組みが固定されてしまいます。そうではなくて、常に「もの」と向き合っている状態を目指したいのです。
