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2011年06月 アーカイブ

2011年06月17日

琵琶湖岸の風景

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 琵琶湖の東岸はサイクリングロードが整備されていて走りやすい。だが琵琶湖大橋を渡って西岸に出ると、自動車と歩行者に挟まれて、自転車は立場がない。西岸はサイクリングには向いていない。

 西岸に出ると風景も変わる。家が建て込んできて街の密度があがり、生活感がただよってくる。堅田を少し南に下がったところにあるのが雄琴だ。歓楽街である。昼間でも、看板や建物の装飾でその場所がどういう場所かはすぐにわかる。それは、個々の建物からの印象というよりも、街全体から受ける印象だ。どこかで見たことのあるような風景。そこには賑やかさとうら寂しさが同居している。

 それは海水浴場の海の家に似ているのではないだろうか。シーズンオフの、見捨てられたかのような海の家はもちろん寂しいのだが、賑わっている夏の間でさえも、賑わいの過ぎ去った後の姿が容易に見えてしまい、余計に寂しくなる。賑わいは、そもそも永続することが不可能なのではないか。短い時間の高揚の後に来る長い不毛な時間が、逆に現在の賑わいや高揚をもたらすのではないか。

 歓楽街では、建物のつくりは安っぽい。装飾は見かけ倒しだ。照明の効果で、夜はそこそこ見られるが、昼間は安っぽさや薄っぺらさがそのまま目に入ってしまう。しかしそれが悪いことだと一概には言えないだろう。そうした建築、そうした街があってもいい。

 建築は、そもそも永続性を目指してきた。神殿や寺院建築はもちろんであるが、世俗的な建物にしても10年や20年程度で壊してしまうことなど考えられない。永続性を目指す建築が集まって街がつくられ、街並みは後世に伝えられていく。それはヨーロッパだけではない。日本の建築においても永続性が目指されてきた。法隆寺は例にあげるまでもないが、民家にしても、木造だから永続性がないとは言えないのである。

 現在の日本の都市や郊外の建物や街並みには、永続性がない。アウラがないと言ってもよい。街が美しくないというのはそういうことだ。永遠に残そうという気概を持って建てていないのであるから、そこそこのものしか建ちようがない。現代人は、建築の永続性によって永遠へとつながる回路を断ち切ってしまった。もちろんそれにはマイナスの面だけでなくプラスの面もある。永続性の付随する権威や旧弊から解き放たれ、自由を手に入れたとも言えるだろう。

 政治や経済がもたらす思考のスピードの変化に、これまでの建築や街は対応できなかったということかもしれない。時代の最先端は、建物の中身ではなく、薄っぺらな表層の装飾をこそ必要としているのだ。流行が変われば、そうした装飾は次々と取り替えられていく。雄琴のような歓楽街だけではない。商店街も分譲住宅地もオフィス街も、永続性を断ち切ったところで、現在の繁栄を享受しているのだ。それらの風景は、海水浴場の海の家のように、華やかでいて同時に寂しい。

 過去からの連続性を断ち切ることで、新たな創造は可能になるのだろうか。ベンヤミンが問いかけたのは、そうしたことだろう。複製技術時代が新たな創造をもたらすというだけならば、話は短絡的すぎる。むしろ複製技術時代とは、コピーの氾濫の中に主体が埋もれていくという泥沼のような状況だろう。それが現代という時代である。それを踏まえたうえで、そこに新たな創造の可能性を見出せるのかどうか。

2011年06月21日

現代の貧困

 現代の貧困は、生産力の不足に起因するのではない。逆に生産力は過剰である。必要な物資を生産する能力がないのではなく、過剰に生産された物資が、それを必要とする人々に行き渡らないということなのだ。だから貧困は、生産の問題ではなく分配の問題である。

 一方で生産物の有り余る在庫を抱えており、他方でそれらを必要とする人々は、それらを購入するだけのお金を持っていない。社会の富の著しい不均衡。これが現代の貧困なのだ。スタインベックが『怒りの葡萄』で描いた大恐慌時代というのは、そうした時代である。生活の糧を得るために、労働者はより条件の悪い労働に身を投じる。雇う側は、売上げの減少を生産費の削減で賄おうとするから、労働条件をさらに切り下げる。時には公権力を使ってまで、労働者を劣悪な状況に繋ぎとめようとする。

 こうした状況は、市場を通じた価格の変動によって解決されるだろうか。在庫を抱えた生産者が、消費者が購入可能な程度まで生産物の価格を下げることで、不均衡が解消されると経済学は主張する。だが実際にはそうはならない。結局消費者の購買力の源泉が生産者から支払われる賃金である以上、購買力は生産物の価格と同程度かそれ以上に下がっていくことになるからだ。経済学の法則は、自然科学の法則とは異なる。どんな場面においても通用するものではなく、硬直化した理論は、むしろこうあるべきだという教条に過ぎないのである。だが教条と化した経済学を批判する経済学者はいなかった。経済学者の方が、そうした状況の中では保守的だった。そんな中で登場したのがケインズであり、政府が積極的に需要を創出することによる不況からの脱却を主張したのである。

 市場経済は、それ自体では分配の問題を解決できない。順調に経済が回っているあいだは解決できているように見えても、一旦軌道からはずれると元に戻れなくなる。もし資本主義を維持しようとするならば、細心の注意を払った経済政策が必要になってくる。そして不均衡が拡大しないような仕組みを、あらかじめ制度化していた。累進課税の原則や社会保障である。

 現在という時点が、80年前の大恐慌の時代と重なって見えてくる。増税の可否が問題になっている。不況が続く中での増税が社会にどんな影響をもたらすかは、長期的な視野で見る必要があるだろう。財政的にこれ以上国債の発行ができないから増税するという理屈は、一見わかりやすい。収支の帳尻を合わせなければならないというのは誰にでもわかる理屈だからだ。政府が自らの借金を踏み倒すようなことになれば、金融の秩序が解体してしまう。だからここまで、つまり増税の必要性までは認めることにしよう。問題は、なぜ増税が消費税によって行われるのかということだ。なぜ所得税や法人税ではだめなのか。

 結局消費税による増税は、税金を徴収しやすいところから徴収するということでしかないだろう。裏を返せば、高額の政治献金者でもある高所得者や財界からは徴収しにくいということだろう。そして消費税による増税が何をもたらすかといえば、低所得者層への犠牲の強要である。可処分所得の減少によって、経済全体として消費は減り、不況はますます悪化するだろう。不況と税収の減少が分配の不均衡に起因するにも関わらず、不均衡を解決するどころか促進するだけだろう。

 逆進性のある消費税によって増税を図ろうとするのは、この80年の社会科学の歩みをまったく無視した愚行である。

2011年06月23日

『ベンヤミン・アンソロジー』

 今私の一番関心のある思想家は、ヴァルター・ベンヤミンである。建築家ではミース・ファン・デル・ローエ。この二人は同時代人である。ベンヤミンは、1892年ベルリン生まれ、ナチスの迫害を逃れる途上で1940年に自殺している。ミースは、1886年アーヘン生まれ、ナチスの政権獲得後アメリカに亡命し、1969年にシカゴで亡くなっている。ミースにはあまり政治的な面はなかったように言われているが、彼の作品には、他の建築家よりもいっそう同時代の空気が反映されているように思う。その空気を知るために、最近ベンヤミンを読み返している。

 ベンヤミンの主な論文を収録した『ベンヤミン・アンソロジー』(山口裕之編訳)が河出文庫から出た。「複製技術時代の芸術」(Das Kunstwerk im Zeitalter seiner technischen Reproduzierbarkeit)も新訳で収録されている。この本では、「技術的複製可能性の時代の芸術作品」というタイトルに改められ、内容も読みやすい文章になっている。

 過去から未来へという時間軸と、広がりを持った空間の座標との交点が、ベンヤミンの主題なのだと思う。ここで彼の思想が建築との接点を持つことになる。しかし時間軸も空間の座標も、単なる物理的な単位ではない。交点に立つ人間を介してのみ計ることが可能である。だが一方で、人間はそうした交点に位置づけられてはじめて人間としての活動が可能になる。相互規定的であり、出口はない。だからこの枠組みを認識することも含めて、すべてが超越論的でもあるわけだ。時間軸を歴史、空間の座標を政治と言い換えることができる。人間は、歴史からも政治からも逃れることはできない。だが人間が位置するその交点が、時間的にも空間的にも広がりを持たない凝縮された一点、つまりは無であることによって、逆に歴史や政治を照射できるのではないか。

 「複製技術時代(技術的複製可能性の時代)」を論じるにあたって、ベンヤミンは映画を時代の代表例としてあげている。だが今日ではむしろネットワーク(ウェブページ・ブログ・SNS等)を代表例とすべきだろう。「芸術」という言葉に騙されやすいが、礼拝の対象だった芸術が、もっと身近になり、気晴らしとして受容されるようになるというのがもともとの文脈であるから、影響力という点から見てもネットワーク(以下「ネット」と呼ぶ)の方が例として適当である。ネットでは、権威のある人の発言が特別扱いされるということはない。基本は匿名性にあり、発言の影響力は内容に依存する。「成りすまし」というのも可能だし、実社会におけるアウラは意味を持たないのである。だがそれは逆に、真偽の判断も宙吊りにされることを意味する。真偽がアウラによって担保されないのであるから、情報の取捨選択は、自己責任において行なわなければならないのだ。

 しかもネットにおいては、情報を受容するだけでなく、誰もが容易に発信者になりえる。こうした交流のあり方が、今日における「芸術」なのである。洞窟絵画にまで遡る礼拝対象としての芸術は、その時代・その社会の成員に、集団の規律を周知させる意義を持っていた。同様に現代の「芸術」は、匿名での情報の流通を通して、社会のモラルと政治を生成するのである。芸術とはメディアである。それがどういう結果をもたらすのかは、あらかじめ言うことはできない。ベンヤミンは、当時の映画のような新しいメディアが、大衆を反ファシズムへ向けさせることを期待した。だが、映画を宣伝に効果的に使ったのはむしろファシズムの側であった。メディアはどちらの側にも加担し得る。もちろんそれはベンヤミンも認識していたはずだ。彼があえて芸術という言葉を使ったのは、芸術的な想像力においてファシズムを上回る必要があると考えたからではないだろうか。時間軸と空間の座標が交差する点において、無に等しい人間が、想像力によって超越的に全体構造を認識することに期待するしかないのだ。

 われわれを取り巻く建築物は、ほとんどが複製(コピー)である。歴史的な建築物の複製だったり、外国の建築物の複製だったり、有名な建築家の作品のコピーだったりする。技術的にはどれも可能である。「何々風」と呼ばれるものが氾濫している。景観法が施行されている京都市では、京都風が行政によって強制されている。たとえ複製であっても、100年間その場に建ち続ければ、アウラを獲得するだろう。だがせいぜい20年程で取り壊される複製にアウラは期待すべくもない。景観法は、こうして京都からアウラを奪っていくという皮肉な結末を迎えるだろう。

 現代建築の耐用年数は短い。物理的な耐用年数もさることながら、実際には20年から30年、場合によってはもっと早く取り壊される。かつての建築が備えていた永続性は、もはや期待されていないのだ。建築が建築たり得る根拠が揺らぎ始める。空間の座標を占めるだけでなく、永続することで時間軸の指標になるという存在理由が失われてしまうのである。建築におけるアウラの喪失。建築は、それ自体で在るものではなくなって、何か他の目的のための手段になりつつある。

 そうした状況がミースの出発点だったはずである。そして、アウラを擬似的に回復するような方向(究極はシュペーア)ではなく、建築がそれ自体として在るものにする方向で思考を進めていったように思う。

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