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京都会館の存続を巡って(続き)

 少なくとも昨年2010年12月以降、京都市は京都会館をオペラハウスに建て替えることに固執している。京都市は表向きは否定しているが、オペラハウスへの建て替え案には、命名権を獲得したロームの意向はまったく反映されていないと言い切れるのか。

 財政難という制約、岡崎公園という文化的コンテクスト、京都会館が50年間そこに建ち続けてきた重み、それらを前提条件からはずしてしまえば、オペラハウスを建てるという選択肢も当然あり得るだろう。興行者や音楽関係者を代表する委員が、京都会館再整備検討委員会でオペラの出来る設備が欲しいと発言したことは、不当なことではなく、ごく当たり前のことだ。だが前提条件をはずすことは不可能である。だから彼らを含めた委員会が、議論の中で落しどころを探っていき、方向性が2006年12月の意見書に集約されたのである。

 ロームへの命名権売却によって、前提条件のうちの財政難という制約がはずれたと京都市は判断したのかもしれない。それがオペラハウスへの建て替えに転換する動機だったとすれば、いくつもある前提条件のうちの財政面にしか京都市は関心がなかったことになる。再整備検討委員会で議論された文化的コンテクストについては、京都市はまったく顧慮する意志はないのではないか。

 制約条件が何もないところでは、どんな夢も思い描ける。だが制約条件をすべてはずしてしまった議論は、一方通行で願望をつぶやくだけであり、議論の名に値しない。オペラハウスの必要性というのも、そうした条件のひとつだろう。需要という面から見て、京都にオペラハウスは必要なのか。

 関西圏には、本格的なオペラ上演に対応したホール(つまりオペラハウス)が3つある。兵庫県立芸術文化センター、大阪フェスティバルホール(建て替え工事中 2013年完成予定)、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールである。このうちびわ湖ホールは、JRで京都駅から10分の距離にある。音響等、施設としての評価も高い。だが一方でオペラファンの人口は限られており、現時点でもオペラ上演は採算に合うものではない。新たに京都のオペラハウスが参入するとして、事業として成立する可能性がはたしてあるのかどうか。「器」をつくったからといってオペラを見に行く人の数が急激に増えるとは思えない。

 「国内最大級」ということを京都市は売り物にしたいようだが、これは隣接する府県に対抗したいという幼稚な自己顕示欲としか思えない。近隣の自治体同士が共倒れになるような都市計画ではなく、互いの不足分を補い合うような、いわば住み分けを考えられないものだろうか。とくにびわ湖ホールとの関係においては、京都に先行して文化的な施設の整備を始めた滋賀県や大津市に、もっと敬意を払うべきだろう。

 「敬意」というのが、キーワードなのかもしれない。歴史的な遺産に対する敬意すら、京都市は失っているのではないか。観光都市は両義性を孕んでいる。もともとは歴史的な遺産のより深い理解のためだったのが、主催者の側では収入を得るための手段となる。歴史的遺産は、目的から手段に貶められる。歴史的遺産は、ものとしての実在を否定され、そこから抽出されたイメージだけが流通するようになる。そのイメージの総体が国際観光都市=京都なのだ。景観条例施行後の京都は、ますますイメージだけの都市になりつつある。「京都風」かどうかという印象的な基準だけで、建築許可が下されているのだ。このまま迷走を続けるならば、京都は数十年後には文化都市として存在することを止めるだろう。

 歴史的な遺産に対する敬意は、現にそこにあるものに対する敬意でなければならない。築後何百年か何十年かといった数字は関係ない。評価とは、所詮は他人の評価である。何年後かには評価は変わるのかもしれない。だから、現時点での評価でもって今目の前にあるものを永久に葬り去ってしまうことは、歴史に対する冒涜なのだ。その建築物が今この世界に在る以上、われわれにできることは、それが全うすべき「生命」(比喩的に表現すれば)を全うさせるということだけではないのか。

 建築学会などが京都会館の保存要望書を出している。だが歴史的な価値があるから保存せよという論理は、危うい両義性を孕んでいる。歴史的な価値を誰が認定するのか。価値がないと判断されれば、壊されても仕方ないのか。歴史が闘争を生き延びた勝者によって書かれるものだとするならば、建築物の価値も勝者の価値観に沿ったものになる。だから歴史的な価値があるから保存せよという論理では、現代の支配的な価値観である市場経済に対抗できないのだ。また、価値があるから残すという発想には、優生思想につながる危うさもある。

 京都にある歴史的遺産の意味は、現在の社会のモデルがそこにあったからということではなくて、現在の社会とはまったく異なる社会があり得た可能性を示唆するからだ。歴史的遺産とは、われわれのルーツではなく、むしろ逆のものだ。

 建築を残すということは、それがわれわれの陣営にあるから残すということではない。もちろん私は京都会館を建築的に評価するがゆえに残したいと考えるが、もしこれが評価できない建築であったとしても、それでも残したいと考えるだろう。むしろ敵の陣営であるからこそ残す価値があるとも言えるのだ。ものの実在と向き合うこと、京都が本当の意味で文化都市として再生するためには、そこを出発点とする以外にない。

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2011年08月01日 14:54に投稿されたエントリーのページです。

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