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2011年10月 アーカイブ

2011年10月19日

京都会館シンポジウム(10月10日)

 京都会館問題を考えるシンポジウム(主催は、「京都会館を大切にする会」と「京都会館再整備をじっくり考える会」)が、10月10日に京都会館の第1会議室で行われた。定員の45人を大きく超える90人が来場した。誰がどんな発言をしたかといった具体的な内容については、他のブログ等でも紹介されているので、ここでは問題の核心部分だと私が考えていることについて述べたい。

 京都市の計画案通りに建て替えを行ったとして、はたして京都市が言うような世界的なレベルのオペラが上演可能となるのか。ここでの「世界的なレベル」とは、例えばスカラ座で行われているオペラを連れてきた場合、本国と同じ演出で、舞台セットを変えずに上演できることを指す。京都会館の舞台は狭く、舞台装置も不十分なので、第1ホールを丸ごと建て替え、世界的なレベルにするというのが、京都市の見解である。しかしそうした京都市の目論見が、まったくの机上の空論だということが今回のシンポジウムで明らかになった。

 仮に京都市の計画通りに舞台が整備されたとする。それによって舞台の奥行と舞台装置を設置するための舞台の高さが確保される。確かにそれだけを見れば、世界の一流劇場に遜色がない。ここまでは新聞等でも報じられている。だがその先が正しく報道されていない。世界的なレベルというのは、単に舞台の大きさの問題だけではないのだ。それが第1の問題である。

 これまで「舞台」と呼んできたものは、実は主舞台のことである。世界の一流劇場は、主舞台以外に側面にも舞台を備えた多面舞台となっている。だから本国と同じ演出、同じ舞台セットを持ち込もうとするならば、京都会館も多面舞台とする必要がある。しかし敷地の広さの制約があり、計画されているのは主舞台のみである。この時点で既に「世界的なレベル」からは外れてしまうのである。別の側面から捉えると、本国と同じ演出、同じ舞台セットということにこだわらなければ、現状の広さの舞台であっても、一流劇場のオペラは上演可能である。

 第2の問題は、自前の劇団や、オペラを上演するためのスタッフを持たないということである。つまり建て替えられた京都会館は、貸しホールなのである。オペラは外部から呼ぶことになる。裏方のスタッフも含めて丸ごと呼び寄せなければ、上演は成り立たない。自分達の芸術を発信するわけでもないし、ノウハウが蓄積されるわけでもない。単なる貸しホールを、世界は一流の劇場としては認めない。

 そして第3に、本格的なオペラを上演するための舞台機構は、維持費がかかりすぎるということである。エレベーターと同様の機械装置なので、定期的なメンテナンスを続けなければ、機能が維持できない。そうした装置を使うような「世界的なレベル」のオペラは、1年に数日程度行なわれるだけだろう。しかし、たとえ使わなくても、メンテナンスを放棄するわけにはいかない。おそらく維持費だけで、ロームが命名権料として払う1年につき1億円という金(それを50年間払う)が消えていくだろう。京都市は、ロームから一括で支払を受け、それを建設費にあてるとしている。そうすると結局、維持費は丸々京都市の負担ということになる。

 こうして見てくると、通常の思考回路ならば、京都市の案は白紙撤回になるはずのところだ。だが簡単にはそうならないのは何か裏があるからでは、と考えるのは、当然の成り行きだろう。この点ではシンポジウムでの西本さん(「京都会館再整備をじっくり考える会」事務局長)の指摘が一番鋭かった。第1ホールを解体した後で、「世界的なレベルにするには本当は第1ホールだけの建て替えでは不十分だ、どうせつくるなら良いものを」という論理で、京都会館全体を取り壊して更地にし、多面舞台を備えたオペラハウスを新規に建設することさえ目論まれているのではないのか。

 「どうせつくるなら良いものを」という論理を警戒しなければならないと私は思う。この論理に建築家が迎合していく可能性は高い。建て替えの基本設計を請負った元東京大学教授の香山壽夫氏は、すでにこの論理に迎合してしまったと言えるだろう。私は面識はないが、温厚な紳士らしい。「自分が手を貸さなければ、京都会館はもっとひどい形にされてしまう」というのが、基本設計を引き受けた理由のようだ。それは善意から来ているのかもしれない。だが私には、それがハイデガーがナチスの側に寝返っていく過程と重なって見えるのだ。建築を語る時に、ハイデガーに依拠する建築家は多い。香山氏の場合は、ルイス・カーンを介した形でのハイデガーとのコミットメントのようだが、いずれにしても、建築論におけるハイデガー的なものを俎上に載せることは必要なのではないか。
(続く)

2011年10月20日

京都会館シンポジウム(10月10日)-続き

 建築とは、物なのか空間なのか。物があるからそこに空間が生まれるとも言えるし、空間があるからその中に物の居場所があるとも言える。結局は堂々巡りだ。ネガとポジのようでもあり、同一の現象を、それぞれ異なるフィルターで見ているようでもある。

 20世紀は空間の世紀と呼ばれる。建築を空間というタームで語るようになったことは、一種の革命であった。近代建築(モダニズム)は、形ではなく、物と空間という建築の枠組を問題にしたのである。しかし近代建築が普及するに従って、物と空間との緊張関係が失われ、空間だけがあたかも建築の本質であるかのように語られるようになる。建築家は、口を開けばまず「空間」の話をする。そこで語られる「空間」からは、物との格闘の中から「空間」を獲得した、20世紀はじめの近代建築の精神は抜け落ちているのではないか。私がここで言いたいのは、結局「空間」というタームでは、京都会館の保存を論じることができないのではないかということである。

 極端な仮定をしてみる。もし仮に、京都会館を一旦すべて壊し、元の図面に基づいて正確に復元したとする。ただし耐震性を確保するために鉄筋を増やすといった改変は許されるものとしよう。出来た建築物は本物と呼べるのかどうか。建築を空間と捉えるならば、空間は再現されているのだから、やはり本物ということになるのだろうか。伊勢神宮が20年ごとに建て替えられる例にしたがえば、こうした「保存」の方法もあり得ることになる。建築物が朽ち果てることがないのだから、空間は永遠に続くことになる。しかし、何かが間違っていないだろうか。

 空間論に欠けているのは、「物自体」(「他者」あるいは「外部」と言っても同じ)である。もちろんハイデガーにもそれが欠けている。物自体は、空間という共通認識を成立させた根源であるにもかかわらず、共通認識が成立した後では忘れ去られてしまう。物自体とは、われわれが今見ている物のことではない。われわれが見ている物は、すでに共通の了解の下にある。だからわれわれは物を言葉で指し示すことができるし、物を利用することができる。そうではなくて、物自体とは、物が備えている了解不可能な他者性である。了解不可能であるが、そうしたものを想定することによってしかわれわれの認識が可能にならないような何物かである。

 ベンヤミンは、「言語一般について、また人間の言語について」の中でこう述べる。

「精神的本質はある言語の内において自己自身を伝達するのであって、ある言語を通じてではない。それはつまり、精神的本質は言語的本質と外側から等しいわけではないということだ。精神的本質が言語的本質と同一であるのは、それが伝達可能である場合のみに限られる。ある精神的本質において伝達可能なものが、その言語的本質なのだ。つまり、言語は事物のそれぞれの言語的本質を伝達するが、その精神的本質を伝達するのは、精神的本質が直接、言語的本質のうちに含まれている場合に限られる。すなわち、精神的本質が伝達可能である場合に限られるのである。」

 「精神的本質」というのが、物自体に相当する。人間が理解するのは、そのうちの言語化されうる部分、つまり言語的本質だけである。人間が言語の中でしか思考できず、言語の中でしか他人と共通の意識を持ち得ないとするならば、言語こそがすべての本質だと言うこともできるだろう。しかしベンヤミンはそうしなかった。言語的本質の背後に物自体として精神的本質を措定しなければ、言語は成立しないのである。そうしたパラドキシカルな関係にある。物自体こそが時間と空間の起源なのである。

 例えば、何の価値もないようなありふれた石に、ある時貴重な資源が含まれていることが発見されたとする。石そのものは何も変わっていないのに、石の言語的本質は大きく変わることになる。人間にとって無用なものから有用なものへ。これを進歩と呼ぶならば、石そのものという変わらないものがあることによって、この進歩はあり得たのである。石に限らず、あらゆる物は可能性を持っている。それはある時点の言語の枠内で考えるだけでは、とうてい思いつくものではない。それにもかかわらず、ある一時点から過去や未来に思いを寄せること、それが結局は時代を動かすのだろう。

 話を京都会館に戻そう。50年前にそれが建てられたときの評価を、現在のわれわれは知ることができない。それは資料が残っているとかいないとかいう問題ではなくて、50年前と現在とで、言語的本質が変わってしまっているからである。しかしそれは悲観すべきことではなくて、言語的本質が時代と共に変わるからこそ、歴史の証人としての京都会館がより輝くのである。逆に考えたらよくわかる。確固たる評価が定まり、それが延々と続いていくのが理想だとするならば、その建築物は物自体であることを止めてしまっている。だから精巧なレプリカとして建て替えても、支障はないことになってしまう。空間論の行き着く先は、物自体の否定なのである。

 「どうせつくるなら良いものを」という論理には、現在の視点しかない。そうした論理を掲げる人たちは、過去の人がその建築をどう考えたか、未来の人がそれをどう考えるのか、そうしたことにまったく無関心である。そこには時間の概念がなく、歴史に対しての責任という概念もない。空間という言葉を弄びながら、空間の根拠を破壊するという、取り返しのつかないことに彼らは手を染めているのだ。

 香山氏に限らず、われわれひとりひとりの建築家としての理念が問われている。建築家として本物か偽物かは、京都会館への対応を巡って鮮明になるだろう。

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