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カテゴリー5:その他 アーカイブ

2006年09月25日

一眼レフ デジタルカメラ

一眼レフデジカメを買う。僕らが使える普及品はかなり安くなってきました。でもお気に入りの銀塩一眼レフの24mmレンズが使えると聞いていたのに役に立たない。そう、訳あってこのレンズをデジカメで使うと36mmになってしまいます。これでは建築の室内写真は撮れない。

結局カメラ本体よりお高いタムロンの11~18mm広角レンズを買わなくてはいけない羽目になってしまいました。もともと少しの理屈を頭に入れ、道具で勝負のタイプ。新しい知識は何もありません。そうか、そうするとこの300mmレンズは450mmなるのか。持っているレンズの性能が上がったようで、ちょっと得した気分に一瞬なりましたが、そんなんいつ使う?ぶれるし。

で、最近竣工した建築物をパシャパシャ。ふんふん、フィルム代、気にしなくてこらええ。露出変えておんなじアングルでパシャパシャ。

銀塩一眼レフのシャッターは重かった。物理的にではありません。シャッターを押すまでにいろいろ考えて、勝負!って感じわかっていただけますよね。もったいながりなんでフィルムを無駄にしたくない。でも現像が上がってくるとだいたい落胆します。ファインダーからの景色はこんなんじゃなかった。

デジイチはいい。ぼくらレベルでは何の問題もありません。ただレンズは最高級品じゃないので中央が少し樽型になります。誰が決めたのか建築写真は多少歪んでも水平垂直がピシッと決まっていないと駄目らしい。フォトショップでなおせばいいか。(オリジナルの写真に手を加えると何か罪悪感が残ります。あおりレンズとやってることは同じと自分に言い聞かせます)

トリミングや写真の明るさ、色味もお店任せでなく、自分でできるのがやはりいいです。

長い間単なる記録写真は古いデジカメ、ちょっと綺麗に撮りたい時は銀塩一眼レフを使ってきました。でも今デジイチで撮った写真の方が美しく感じる僕は、決してデジタル人間ではないのですが・・・。

父が遺したカメラたち

中央はアーガスC3、右端は二眼レフで有名なローライフレックス スタンダード 古くて汚い。操作方法もわからない。右はキャノン モデルVTdlとミノルタ-35モデルⅡ

2006年10月30日

グループ名の由来

A.Y.A.の名前の由来ですが、別に難しい理屈はなくて、メンバーの頭文字を並べただけです。有名(なのかな)アイドルと同じ読みになるのはたまたまです。

設計事務所の名称が、創立者の頭文字になっている例としては、SOM(Skidmore,Owings & Merrill)があります。しかしSOMは会社組織です。設計事務所が会社組織になるのは、規模が大きくなれば仕方ないにしても、建築家の本来のあり方からすれば、一つの会社組織に複数の建築家が所属するのはおかしいと思います。建築家は独立した判断を下せるというのが大事なわけですから。

A.Y.A.は、独立した建築家がコラボレート(協働)するというスタイルをとっています。ユニットという呼び方もできるかもしれませんが、それよりももう少しメンバーの独立性が高いと私は思っています。

A.Y.A.に近い組織形態を探すとすれば、イタリアの建築家グループBBPRでしょうか。BBPRは、Gianluigi Banfi、Lodovico di barbiano、Enrico Peressutti、Ernesto N Rogersの頭文字を並べたものです。

BBPRの代表作はトーレ・ヴェラスカ(1958年)ですが、一見中世風のデザインは、モダニズムからの逸脱だという非難を受けました。しかし、BBPRは単純な歴史主義の建築家グループではありません。基盤となるのはモダニズムです。活動を開始したのは1930年代ですが、戦前戦後を通じて一貫した論理で行動しています。イタリアの場合は、モダニズムがファシズム体制に組み込まれていくという特異性があるのですが、BBPRは最後まで体制への協力を拒否しています。つまり彼らにとってのモダニズムとは、デザイン上の流行などではなく、倫理に根ざしたものだったと言えるでしょう。

2007年02月25日

『SAYURI』

ロブ・マーシャル監督の2005年の映画です。製作は、スティーブン・スピルバーグ(製作者の方が監督よりも有名なようです)。DVDを借りてきて見ました。

描かれた時代背景は、江戸時代や明治の頃かと思いきや、意外と新しくて第二次世界大戦の前後です。といっても、見方によっては十分古い時代と言えるかもしれません。私はもちろんその時代に生きていたわけではないですし、もしその時代を自分の目で見たという人でも、「芸者」の世界まではおそらく見てはいないでしょう。

時間的に近いか遠いかは、その背景の時代考証に影響します。近い過去ならば、目撃者がたくさんいますから、客観的な再現も可能でしょう。しかし、遠くなるに従って、時代の目撃者はいなくなり、資料も少なくなり、足りない部分を想像力で補う必要が出てきます。第二次世界大戦の前後というのは、時代考証の上では、そうした微妙な位置にあると言えるかもしれません。

この映画を見て、背景のセットや俳優の台詞には多少違和感を覚えます。しかしそれはこの映画が事実と違うが故の違和感ではなく、これまでに刷り込まれてきたイメージとの落差の故です。もちろんこれまで刷り込まれてきたイメージが客観的な事実であることの保証はありません。ということは、判断の基準になるものを私は持っていないということです。それは私だけでなく、多くの人にとっても同じはずです。特に台詞を介した心理描写については、それがその時代に実際にありえた心理状態なのかどうか知る由はありません。

結局この物語は、極論すれば、歴史というよりは、現時点のわれわれの心情を投影した虚像だと言えるでしょう。登場する「芸者」は、こうあって欲しいと現代人が求める「芸者」のイメージです。物語ですから、人物のキャラクターは自由に創造することが可能です。歴史が現代を照射するのではなく、現代が単に歴史の時間帯に投影されているに過ぎません。一種の自家撞着です。

もしこの映画を、異国趣味の集大成ではなく、歴史的事実による現代への問題提起として読みたいのならば、見えないコンテクストを仮定してみる必要があります。そのコンテクストとは、ピランデルロの戯曲『作者を探す六人の登場人物』(1921年)です。

『作者を探す六人の登場人物』は、劇の中に劇をはめ込むという実験的な作品です。6人からなる家族が、自分達に降りかかった事件(というより彼らの生活そのものですが)を劇として表現したいと考え、演出家に演出を依頼します。その劇の練習風景が劇になっているという構図です。その家族は、劇中の登場人物であると同時に、題材そのものでもあります。その意味するところは、題材が劇として再現されることの不可能性です。題材がそれ自体である限り、それを再現することは不可能であり、もし劇として再現すれば、題材のもつオリジナリティーは消え去るということです。

『SAYURI』は、ある芸者の回想という形式を取ります。しかし彼女はすでに製作者の分身でしかありません。本当の「彼女」は、作者を探しながら闇の中をさまよっているに違いありません。「芸者」とは、仮面です。彼女が仮面を被らなければならない理由は、映画の中で語られている内容とはまったく無関係に、表象あるいは表現というものが持つ宿命です。この映画に、他のハリウッド映画にない深みがあるとすれば、それは「芸者」のミステリアスなあり方と表象の不可能性とが、たまたま一致した結果に過ぎません。

2007年06月30日

中の島

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内山田洋とクールファイブが歌っていた「中の島ブルース」という曲があります。一番の歌詞では札幌の「中の島」、2番では大阪の「中の島」、そして3番では長崎の「中の島」がそれぞれ題材になっています。大阪の中之島は、中洲なのでそう呼ばれるのは不自然ではありません。

面白いのは3番です。歌詞はこうです。

 小雨そぼ降る石畳
 あなたと二人 濡れた街
 ああここは長崎 中の島ブルースよ

これだけ見たら、普通は長崎の市街を想像すると思います。しかし調べてみたら、「中の島」というのは文字通り海に浮かぶ島なんですね。軍艦島と呼ばれる島の並びにあります。軍艦島はこんな場所です。
http://www.gunkanjima.ne2.jp/Gunkanjima-112.htm

現在は閉鎖されて廃墟になっていますが、昔は島全体が鉄筋コンクリートで作られた立体的なひとつの街でした。ちょっと未来都市的です。

訂正:
読者の方からメールで、JR長崎駅の操作場になっているあたりが「中ノ島」という地名だという指摘をいただきました。現在は埋め立てられています。1934年には、長崎国際産業観光博覧会がそこで開催されています。

2007年10月26日

スカイラインの歴史

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広島で20年以上前のスカイラインを見かけました。プリンス自動車がつくっていた初代から数えると、6代目のスカイラインです。現行型は12代目ですから、6代も遡ることになります。オーナーは大事に乗っているようです。

第3代以降は、形はすぐに思い浮かべることができますが、僕が好きなのは、この第6代と次の第7代のスカイラインです。特に第7代は、デザイン的には日本のこれまでの車の中でベストだと思います。

しかし6代、7代、それに5代を加えて、この3代の間のスカイラインというのはあまり良い評価を受けていません。そこそこ売れてはいましたが、相対的な地位は下がっていきました。なぜなら、速いクルマは他にもありましたし、バブルの時代に似つかわしい豪華なクルマも他にいろいろあったからです。要は中途半端で、市場の波に乗ることができなかったのです。これが日産が凋落していった要因のひとつです。

第5代から7代のスカイラインは、GT-Rをラインナップに持たないという共通項があります。第3代GT-Rで確立した「速い」というイメージを、うまく引き継ぐことができなかったのです。背景には排気ガス規制がありますが、その対応に後手を踏み、かといって「速い」というイメージに代わる価値観を提示することもできず、ただ過去の遺産を食い潰していただけのように、多くの人の目には映ったのでしょう。

第8代がGT-Rを復活させ、レースで実績を積み重ねるにつれて、負の歴史である5代から7代は忘れ去られていきました。スカイラインのイメージが、GT-Rの伝説的な速さに頼ったものである以上、評価基準はあくまで性能なのです。ただ第8代に関しては、デザイン的にそこそこ見るべきものはありましたが。

3代目スカイラインGT-Rがつくった伝説によって、スカイラインは常に「スカイライン」という自身の記号性を基準にして評価されることになります。他の名前であったら何の問題もなく受け入れられるものが、自身の記号性によって否定されることもあるのです。第5代から7代のスカイラインが甘受せねばならなかったのは、その記号性です。その記号性のゆえに、決して主流にはなり得なかったということです。

やや強引かもしれませんが、桂離宮がたどった歴史を重ね合わせることができるかもしれません。書院造をパーソナルなものにつくり変えようとする志向(さらに言えば、パーソナルを通じて普遍に至ろうとする志向)は、書院造が本来持っている権力的な志向とは相容れません。それが桂離宮が長い間、ほとんど忘れ去られていた理由でしょう。

記号の陰に隠れてしまうもうひとつの伝統について、あらためて考えてみることが大事でしょう。建築もクルマも。

2007年11月01日

スカイラインと記号

新しいGT-Rが東京モーターショーで発表されました。「スカイライン」という名称は付かず、単に「NISSAN GT-R」となっていますが、スカイラインGT-Rの後継であることは一見して明らかです。

空気抵抗を減らすためには流線型である必要がありますが、同時にセダンベースであることが読み取れるような処理が施されています。セダンがベースになっているということも、スカイラインの重要な記号だからです。そしてディテールには、これまでのスカイラインのデザインモチーフが巧みに織り込まれています。

デザインとして見た場合、以前発表されたプロトタイプでは、ヘッドライトから下が縦のスリットとしてデザインされていましたが、今回の正式発表でそのスリットがなくなってしまったのは残念な点です。

高性能とは、スカイラインにとってはレースで勝てることを意味します。それは3代目スカイラインが伝説となって以来の呪縛のようなものです。勝つために手段を選ばないのは当然のことで、最新の技術が惜しみなくつぎ込まれているのは驚くことではありません。しかしそこにひとつだけ制約があるとすれば、スカイラインはスカイラインとしてレースに勝つ必要があるということです。つまりアイデンティティーは守られなければならないわけで、どんな速いクルマであろうとも、それがスカイラインでないならば、開発者である日産にとっては何の意味もないのです。

運動性能だけならばミッドシップの方が有利です。しかしスカイラインがミッドシップを採用することはあり得ない話です。つまり技術的な最適解だけがクルマの本質ではないということです。では何が本質なのでしょうか。もし本質がはじめからわかっているならば、それに向けて技術を集約すればいいわけで、それは難しいことではありません。困難なのは、何も基準がないところで、手探りでその本質に近づこうとすることです。スカイラインの歴史とは、あえてその困難を引き受けようとした歴史と言えるでしょう。

出発点は、3代目スカイラインがレースでの不敗神話をつくりあげたことにあります。それはアスリートが、誰も超えられないような記録を打ち立てたことに似ています。その記録自体が美であり、それを実現したアスリートの肉体も美と呼び得るでしょう。しかしアスリートの場合、肉体は一回性のものであり、その肉体が消滅すれば、残るのは記録という記号だけです。再現する手段がないことによって、記録は神話化されます。それに対してクルマの場合は複製が可能であり、同じものをつくれば、理論的には同じ結果を引き出せるはずです。それは、レースの勝利がもたらす高揚感さえも、技術によって獲得が可能だということを意味します。これは、ベンヤミンのいう「複製技術時代の芸術作品」の在り方に他なりません。3代目スカイラインのデザインに、もともと意味が込められていたと考えるのは正しくありません。意味は、伝説と共にそこに啓示されたのです。

美を記号によって再構成すること。スカイラインに課せられたのは、この宿命です。単に速いクルマを1台だけつくるのは、技術的に難しい話ではないでしょう。しかしそれは複製技術時代の美とはなり得ません。誰もが日常的に接するものや出来事の中に美は再現されなければなりません。速さはそれ自体が記号ですが、その記号はエンジンやボディの形式からテールランプの形状に至るまでの、さまざまな記号によって支えられています。スカイラインやGT-Rというネーミングも記号です。それらの記号から、本質的なものとそうでないものとを選別し、洗練させていくという作業が、伝説となったクルマには残されるのです。

フロントエンジンの後輪駆動、直列6気筒2リッターDOHC、4ドアまたは2ドアのセダン。これらが伝説を支える記号です。他にも四輪独立懸架、5速フロアのマニュアルミッション、フェンダーのサーフライン等を加えることもできます。それらが直接に速さに貢献しているかどうかは、ここでは問題になりません。伝説となった3代目スカイラインが、これらの記号をすべて備えていたということであり、それらを出発点として考える以外にないからです。

5代目スカイラインは、排ガス規制によってエンジンに大幅な制約を受けるなかで開発されました。つまり直列6気筒2リッターではあっても、DOHCではなかったのです。重要な記号のひとつを欠くことにより、GT-Rという記号も同時に失うことになりました。次の6代目では、DOHCが復活します。しかし今度は6気筒エンジンではありませんでした。ここでも記号の欠落ゆえに、GT-Rを名乗ることはありませんでした。5代目、6代目においては、走りに関わる重要な記号の欠落を埋め合わせるかのように、造形面での試行錯誤が繰り返されて行きます。

そして7代目に至って、やっと排ガス規制のくびきを抜け出し、直列6気筒2リッターDOHCという完全な記号を復活させます。造形のおいても、完全な比例関係を実現します。直列6気筒を納めるための長めのノーズ、ノーズとバランスを取るように決められたトランクの長さ。必然的にキャビンは短くなります。スカイラインは、全長の割りには、後席の居住性は良くありませんし、トランクも見かけほど広くありません。これは居住性や使い勝手でプロポーションが決められているのではないからです。言い換えれば、あえて居住性を犠牲にしてでも実現しなければならなかったプロポーションだったということなのです。

7代目スカイラインは、当然GT-Rを名乗る資格がありました。しかし日産は、7代目にGT-Rのネーミングを与えませんでした。その理由は推測するしかないのですが、レースに本格的に復帰するにあたって、7代目をGT-Rとして参加させることだけでは不十分だと日産が考えたからではないでしょうか。もちろん7代目スカイラインが戦闘力で劣るとは思いません。しかし十数年のブランクの後での復活は、ただ勝つだけではなく、圧倒的な勝利でなければならないと彼らは考えたのかもしれません。3代目の時代には、2リッターという排気量は、それだけで高性能を約束するものでした。しかし80年代に入る頃には、3リッターの排気量さえ驚くほどではなくなっていました。2リッターの排気量に固執することが、足枷になっていたのです。

GT-Rのネーミングと共に登場した8代目スカイラインは、直列6気筒という記号は保持していたものの、排気量は2.6リッターに拡大されていました。しかも後輪駆動ではなく、四輪駆動です。勝つためには手段を選ばないという非情さもそこには読み取れます。外観も、セダンベースであることは変わらないものの、大きく変わりました。

8代目スカイラインは、記号の再構成によって美を再現するというこれまでのあり方から転換し、レースでの圧倒的な勝利によって新たに伝説をつくり上げようとしたのです。それは退路を断つという決断でもあります。そして実際に新たな伝説を実現したのは、よく知られる通りです。

その8代目スカイラインからさらに十数年が経ち、その当時を冷静に振り返ることが今では可能です。8代目が、スカイライン中興の祖と呼ばれることには、正当な理由があります。しかし、スカイラインは7代目で終わっていたほうがきれいだったのではないかというのが、率直な思いです。2.6リッター+ツインターボ+四輪駆動という組合せが、スカイラインではない別のクルマで実験されたならば、本当の意味でスカイラインを越えるクルマが現れたかもしれません。

2008年05月06日

佐川美術館

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 滋賀県守山市にある佐川美術館では、美術館の開館10周年企画として「小磯良平と佐藤忠良展」が開催されています。

 小磯は油彩による肖像画、佐藤はブロンズによる人物像が展示されていました。これらを見ていると、第二次大戦をはさんだ時期の時代の空気が伝わってくるような気がします。もちろん私はその時期を直に知っているわけではありません。でも彼らの絵や彫刻には、その時代の典型的な人物の捉えかたが示されているように思うのです。明治や大正の頃のような、様式的に構えたようなところはありません。かといって、現代美術のような新しい試みが見られるわけでもなく、あくまで写実に留まっています。そうした描写がなぜかしら「自然に」感じられてしまうのです。

 肖像画や人物像の美は、どうやって判断されるのでしょうか。というよりは、モデルとなる人間の美はどうやって判断されるのでしょうか。実際そのモデルと話をしてみれば、視覚以外の判断基準に頼ることもできるでしょう。しかし入ってくる情報を視覚に限定すれば、美はビジュアルなものとして受入れられ、また表現されなければならないことになります。

 そもそもあるモデルを見たとき、その受け止め方は、見た人の数だけあるのではないでしょうか。輪郭は三次元座標で表現できますし、色彩も物理的に確定可能です。しかしそれが意味として受容される仕方には共通の方法はないように思われます。同じ物や人物を見ていても、実は隣の人はまったく別の受け止め方をしているのかもしれないのです。

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 画家が受容し、表現した内容にしても、事情は同じです。それがモデルの客観的な表現である保証はどこにもありません。モデルの内面を客観化できる手法などありません。ましてや画家や彫刻家がいったん受け止めて表現したものに、もともとのリアリティーを求めるというのは、原理的に不可能です。

 ここで、ではなぜ彼らの作品にその時代の空気を読み取れるのかという、最初の設問に戻るわけです。表現はしょせんは虚構にすぎません。しかし虚構として表現されてはじめて、モデルは意味を持ちます。虚構無しでは、人々のものの受け止め方はバラバラで、意志の疏通もままならないでしょう。ましてや芸術が成立するはずもありません。芸術とは、虚構を指すのだと思います。もちろん素材やモデルと無関係にその虚構があるわけでありませんが、素材だけでは成り立ちません。

 そして虚構はいったん成立すると、あたかも昔からそうであったようにふるまい始めます。小磯や佐藤の絵画や彫刻が、ある時期を表象しているかに見えるのはそのためです。必要なのは、虚構がもつリアリティーに対して、常に意識的であるような態度でしょう。しょせんは虚構であり、何の根拠もありません。しかしそうであるが故に、逆にリアリティーを獲得するという構造になっているのです。

2008年08月24日

右京図書館

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 京都市右京図書館が最近オープンしました。区役所等との複合施設です。

 シンプルですが、伸びやかで、美術館のような建物です。豊田市美術館あたりと印象は似ているかもしれません。

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 京都市の図書館は各区にありますが、その中で一番蔵書数は多いとのことです。ブラウジングコーナーも充実しています。

 地下鉄東西線の太秦天神川駅は、この建物の下にあります。山科からは20分ほど。以前は京都の東と西の端同士だったのが、地下鉄が延伸したおかげで、今では他の区よりも身近に感じられるほどです。

2008年10月22日

非ユークリッド幾何学

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 「三条御池」とは、三条通りと御池通りとの交差点を意味します。京都が条坊制の街であることを知っている人は、東西の通りである三条通りと、同じく東西の通りである御池通りが、いったいどうして交わることがあるのか不思議に思われるかもしれません。縦横の道路網ならば、平行する道路同士が交わるということはありえないからです。

 しかし実際に縦横の区画が厳格に守られているのは中心部だけで(といっても、道路が屈折していたり、部分的に斜めだったりすることはあります)、周辺ではかなり区画がゆがんできます。平行だったはずの道路も、いつのまにか斜めに逸れていくことがあります。そうしたわけで三条通りと御池通りが交差するということが起きるのです。

 周辺で区画が崩れているのは、地形的な理由もあるでしょうし、ずっと後の時代にそうなったのかもしれません。でも、もし平安京建造当初から意識的にそうしていたとしたら、それはかなり興味深いことだと思います。

2008年11月19日

小室サウンドとは何だったのか

 小室の曲をあらためて聴いてみて、ぼくの中では完全に過去の曲になってしまっているのに気づき、軽い驚きを覚えました。

 毎年何百という曲が生まれ、その99%以上がすぐに忘れられていきます。そうした忘れ去られた曲を何かの偶然で聴いたときのような、既視感をともなった虚脱を小室の曲に感じたのです。

 小室の曲には、高い志しがあると思います。革新性といってもいいと思います。でも音楽が残っていくのにはそれだけでは十分ではないのだとも思います。才能が消費されていくスピードの速さといってしまえばそれまでですが、しかし普遍性というところにまで到達できなかった小室の限界というのもあると思います。

 小室の曲は、たぶん彼が選択したキャラクターによってしか演奏できないでしょう。華原朋美の曲にしても、彼女より上手な歌手が歌っても様にならないし、かといって、それより下手な歌手には歌えないという、微妙なバランスの上になりたっています。また小室の曲は、彼以外の編曲は受け付けないでしょう。小室サウンドとは、小室自身による編曲の魔術であり、他の人が編曲すれば、それは凡庸にしか聞こえないはずです。つまり彼の世界の中で完結しているのです。この時点において、曲が他のアーティストによってアレンジされ、歌い継がれていくという普遍性につながる部分が排除されているのだと言えます。

 歴史的に例えるなら、彼はリストに相当する人物なのかもしれません。現代からみれば、リストはそれほどポピュラーな音楽家ではありません。同じ時代の人物ならば、ショパンの方がはるかにポピュラーです。膨大な数の作品を残しているにもかかわらず、リストの曲でよく演奏される曲は限られています。しかし、生前の評価は逆なのです。スタープレーヤーといえばリストの方なのです。それにいろいろな実験的な試みを取り入れようとしたのもリストです。

 リストは、華麗なピアノの演奏テクニックによっても人々を魅了しました。彼の作曲した曲は、彼以外には演奏できないような技巧をこらした曲でした。そういう意味では、彼は自分の中で完結していたとも言えます。

 革新性が、その革新性の故に自己完結に陥り、歴史から脱落していくこと、それはたぶんいつの時代にでもあり得ることなのでしょう。

2008年11月27日

地震被災建物応急危険度判定訓練

 11月22日に舞鶴で行なわれた、地震被災建物応急危険度判定訓練に参加しました。京都府の主催で毎年行なわれています。都合がつけばできるだけ参加するようにしています。

 応急危険度判定というのは、地震で被災した建物を一軒ずつ調査し、そのまま使い続けることが可能かどうかを判定するものです。余震で倒壊の恐れがある建物には「危険」という判定が為されます。立ち入り禁止にする等の強制力はありませんが、住民に注意を喚起し、二次被害を防ぐことを目的として判定が行なわれます。この制度は、阪神淡路大震災の後に定められました。

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 訓練は、実際の倒れかけた建物をモデルとして判定する形で行なわれます。モデルになるのは、解体予定の、老朽化した府営住宅です。老朽化しているといっても、骨組みはしっかりしていますから、重機で人為的に力を加え、骨組みを変型させています。問題はこの力の加え方です。地震では地面が揺れるので、力が建物全体にかかります。しかし重機の場合は、どうしても部分的にしか力をかけられないので、変形が不自然になります。今回モデルになった建物では、とりわけそうした不自然さが目立ちました。たとえば、外周の柱はまっすぐなのに、内部の柱が大きく傾いているとか。

 解体予定の建物が利用できるということならば、もう少し地震の実情に近い壊し方をすれば、地震の現場を見たことのない参加者にとっても、わかりやすい訓練になるのではないかと思います。一番いいのは、建物を振動台に載せて揺すってみることですが、費用がかかりすぎるので、これはたぶん実現しないでしょう。

2009年04月25日

主題と変奏

 好きな曲のひとつに、ビル・エバンス・トリオが演奏した"Someday My Prince Will Come"があります。もともとはディズニー映画『白雪姫』の中の曲です。ジャズでは、このように他のジャンルの曲を演奏することがよくあります。ただし、元の曲のメロディーが一通り演奏されると、すぐにアドリブ演奏に移り、元のメロディーはほとんど判別できなくなります。たいていはアドリブの方が長く、10分以上続くこともあります。そしてたいてい最後に、元のメロディーがもう一度演奏されて曲が終わります。

 主題は印象的なメロディーですが、時間的には短くて、曲のほとんどがアドリブ演奏です。アドリブこそが聴かせどころなのかも知れません。しかしこうした形式はジャズに限ったものではありません。主題と変奏という意味では、モーツァルトの変奏曲もこの形式です。しかも、他の作曲家によるメロディーが主題になることが多いというのも共通しています。

 ジャズにしてもモーツァルトにしても、変奏の部分に創作意図があるのは明白です。しかしあえて邪道であることを承知の上でいえば、そうした曲で私が一番興味を引かれるのは、主題の方なのです。それもアドリブや変奏がひととおり終わり、主題のメロディーが戻ってくる瞬間にその曲の美しさを感じます。それまでのアドリブや変奏は。主題を引き立てるためにあったかのように思うこともあります。

 話は倒錯してきます。主題のメロディーが「借り物」の場合、聴いた人の心に残るのが結局元のメロディーということになれば、延々と続く変奏の部分はいったい何のためなのかと話になってきます。こうした倒錯を解決するには、曲という言葉の定義を変更するしかないでしょう。ですからジャズの場合は、演奏そのものが曲なのです。主題は仮のものであって、アドリブが始まれば、その一瞬ごとが曲そのものなのです。

 しかし、それでもなお、私がこだわりたいのは主題の方です。というよりも、正確に言えば主題と変奏との関係です。主題は、メロディーとは限りません。ある一定の小節数といった形式のことなのかもしれません。変奏は主題なしでは成り立ちませんが、逆に主題も、変奏があって初めて水面上に姿を現すことができるのではないかと思うのです。われわれが感じることができるのは表面だけです。つまり変奏の部分だけです。冒頭で演奏されるメロディーでさえ、既に手を加えられたものです。ですから本当の主題は、変奏の中から浮かび上がるしかありません。そう考えると、たとえ擬制であっても、演奏の最後に主題がくっきりと浮かび上がるということは、変奏やアドリブの完成度が高いということになるのではないでしょうか。曲の完成度は、このように間接的に判断されるべきものだと思います。

 浮かび上がる主題は、技巧に彩られた変奏に比べれば、あっけないほど単純です。しかしその単純さは、複雑な変奏という迂回によってしか表現され得ないのかもしれません。

2009年08月23日

『喝采』

♪暗い待合室 話す人もない私の
 耳に私の歌が 通り過ぎて行く

 ちあきなおみが歌った『喝采』の2番の歌詞である。

 何かの作品をつくったことのある人なら、作品が自分の手を離れて、あたかも他人のものであるかのように感じた経験を持っているに違いない。それは表現することの宿命かもしれない。

 この歌の主人公にとって、作品とは歌手という存在そのものだ。つまり自分の分身。歌手になるという夢を叶えるため、彼女は過去を振り捨てる。それは自己実現のためのプロセスである。そして夢は現実のものとなった。

 しかし、ラジオあるいはテレビから流れてくる自分の歌を聞く彼女には、叶えられた夢は虚像に映ったに違いない。待合室にひとり座っている彼女、誰も話しかけてくれさえしない彼女、夢を叶える前の何者でもない彼女。しかし、そんな自分こそが逆に実体に思えたのかもしれない。

 実体と虚像との二重化。本当の自分はどちらなのか。おそらくどちらでもなく、自分の姿を見ている自分の意識だけがそこにある。

 この歌がつくられたのは70年代。実存主義が色濃く反映されているように思える。

2009年11月28日

主語を含んだ動詞

 「雨が降る」を世界のいろいろな言語で表現すると、見事なくらい文法的に違う文章になります。

 イタリア語では、"piovere"という動詞を三人称単数で使います。ですから、「雨が降る」は、"Piove."です。たったこれだけ。主語はありません。なぜなら、この単語を使ったときには、降るのは雨に決まっているのですから。雪の場合には使う動詞そのものが異なります。

 もともとイタリア語では、動作の主体が動詞の活用形からわかるので、たいていは主語が省略されるのですが、"Piove."という表現の場合、そうした省略というよりは、主語が動詞の中に含まれていると考える方が適していると思われます。あるいは主語と動詞がまだ未分化だとも考えられます。もしかしたら、これは言語の原点なのかもしれません。

 昔、といっても、どれくらい遡ったらよいかわかりませんが、ある事象に対して、主語も動詞も目的語も全部一緒になったような言葉が対応していたと考えられないでしょうか。たとえば石器時代のような、生活がシンプルな時代はそれで成り立っていたのではないでしょうか。マンモスを狩るのと、ウサギを狩るのとでは、まったく違う言葉を当てていたのかもしれません。そうすれば、たいていの表現は一語で済ますことができます。知らない人には叫び声にしか聞こえなくても、その社会の人同士の間ではコミュニケーションが成り立つはずです。

 話を雨に戻します。日本語では、「雨が降る」というように、主語-動詞で表現します。実はこれが曲者で、イタリア語を日本語に訳した瞬間から、本来のイタリア語の持っていた言語の起源とも思われる部分が抜け落ちてしまうのです。

 「雨が降る」と「雪が降る」を並べると、「降る」という同一性と、「雨」と「雪」との差異性が浮かびあがります。つまり主語と動詞を分けることで抽象的な思考が可能になるのです。科学というのはここから始まるといっていいでしょう。同一性と差異性を展開していけば、0と1の組合せですべての事象を説明するというところまでいきつくでしょう。ですから、現代文明の発展のためには、言語が分節化されていくことはやはり必要だったのかもしれません。それに、現代社会で英語が好んで使われるのには、こうした理由もあるのかもしれません。

 しかし私は、主語と動詞が未分化なイタリア語のような言い方に惹かれます。雨が降るというのは、それが物理の法則であろうと神の意志であろうと関係なく、ひとまずはそういう現象として現れるということです。人間が自然と向き合った瞬間というのは、主語が未分化なままのこうした言葉でしか表現できないのではないでしょうか。

2009年12月29日

『異邦人』

 アルベール・カミュの『異邦人』ですが、初めて全体を通して読んでみて、いままで抱いていたイメージとはまったく違うものが浮かびあがって来ました。

 「不条理」という言葉は、人間の不条理でなく、システムの不条理です。もちろんシステムの不条理は人間の不条理となって現れるわけですが、システムという観点を排除したらこの小説はまったく理解できないと思います。翻訳や書評は、実存主義の学者が担当することが多いのですが、この小説はむしろ構造主義の視点からこそ読まれるべきでしょう。

 人は誰でも言い間違いをします。例えば他のことに気をとられていて、ついつい違う言葉を口にしてしまうということがあります。すぐに訂正すれば問題ないのですが、それができない場合もあります。社会がそうした訂正を認めない場合とか、発言した内容がメディアによって即座に伝達されてしまう場合とか。発言に責任を持つべきだという建前の社会では、不注意から来る言い間違えは原理的にありえないことになっています。前の発言が取り消せないとなれば、後から付け加える発言によって徐々に修正を図りながら結論を導くという方法をとらざるを得ません。そうして得られた結論は、もともと意図されていた内容とは当然ズレを生じます。こうして生じるズレが「不条理」なのです。

 『異邦人』で描かれる裁判は、こうしたシステムの象徴的表現です。出来事や考えたことは、言葉に移し変えられ、言葉の積み重ねが判決を導きます。しかし言葉が積み重ねられていく間に、もともとの出来事や考えは姿を変えていくのです。というより、言葉の集積は、それに適した出来事や考えしか抽出できず、もともとの出来事や考えは、最初からこぼれ落ちてしまうというのが正しいでしょう。「太陽のせいだ」という有名なフレーズがあります。これは殺人の動機が「太陽のせいだ」ということではなく、言葉の集積の中で疎外され、言うべき言葉を失ってしまった主人公には、こういう表現しか残されていなかったということでしょう。言葉を奪われた者の叫びなのです。

 主人公は別に「狂気」に突き動かされているのではありません。ものごとの捉え方や感じ方に他の人と違いがあるとしても、基本的には自分を冷静に見つめることができる人物です。しかしそうした素朴さが、裁判での言葉のやり取りに合わないのです。情状を良くする為に自分を偽るほうが裁判では有利です。しかしそうした偽られた自分に対して下される判決は、当然偽らない自分に対する判決とはズレます。これでは誰に対して判決を下しているのかわかりません。この時点で裁判は真理ではなくなっています。

 裁判では、主人公を知的な人間であるとし、犯行は計画的であったと認定します。その一方で「太陽のせいだ」という理性から逸脱した発言を捉えて、主人公の反社会性を認定します。最近の裁判でも良く見られるレトリックですが、でもこれは判決の方が分裂しているのです。このようにしてシステムの矛盾点が露呈してきます。こうした現代の裁判制度の問題点は、レヴィ=ストロースも『悲しき熱帯』で指摘しています。

 上手く立ち回るためには、システムの方に合わせる必要が出てきます。人間はそれを無意識にやっているのです。自分というのは、常に他者の言葉に合わせざるをえない存在です。自分の言葉を持った「本来の自分」というのは、システムの中では存在し得ないということなのです。ここまでの認識は構造主義です。そしてそうした状況からの脱出をどう図るかという部分で、カミュの実存主義が前面に出てくるのです。

2010年01月09日

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』

 村上春樹に対しては、場面設定や登場人物の行動が不自然だとか、心理描写ができていないという批判が為されますが、そうした批判は無意味でしょう。彼の小説は寓話なのです。イソップ寓話同様、登場人物は擬人化されたキツネやカエルであっても一向に構いません。登場人物は、理念を単純化して物語の中に配置したというだけなのです。彼らは自身の内面によって行動するというよりは、あらかじめ決められたストーリーに従って動きます。そうしたストーリーを読ませるのが村上の小説です。

 次に為される批判は、登場人物が作者の意図通り動くならば、小説は作者の内面の吐露に過ぎず、閉じた枠から出られないだろうというものです。確かにそうした側面はあります。だから彼の世界に共感できる人と共感できない人とに二分されるのでしょう。ハードボイルド小説を読んでいるような気分を覚えることもあります。しかし、彼の小説の意味はそれだけではないでしょう。自身が創作した登場人物を意図通りに動かしながら、実はそうした意図が破綻する地点を目指しているように思われます。徹底した虚構性に依拠しながら、虚構が破綻する一点に現実を接続しようとしているのです。というよりも、われわれが目にしている現実というものも実は巧妙につくりあげられた虚構かもしれず、それを虚構だと認識したとき初めて、別の世界の存在とに気づくという構成なのです。彼の小説の意味は、ですからそこに書かれていないものにあります。それが寓話というものです。

 「終りの世界」と「ハードボイルド・ワンダーランド」というふたつの世界が設定されます。それぞれで起こる出来事が、互いに無関係であるかのように交互に描写されていきます。ふたつの世界の地理的な関係や時間的な関係はわかりません。しかし読み進むうちに、ふたつの世界が実は同じもので、別のフィルターを掛けることで別の世界に見えているだけだろうとか、ふたつの世界は裏と表の関係ではないだろうかとか、そうした想像が膨らんでいきます。

 ふたつの世界の関係をどう図式化するか、そこにこの小説の一切が懸かっています。「終りの世界」は、争いや不安のない安定した世界です。しかしそこには何かが欠けています。その欠けているものとは、情動(小説の中では「心」と呼ばれています)です。情動を捨て去ることと引き換えに、人々は平和と日々の満足を得るのです。しかし登場人物は、そうした世界ではない世界を希求します。人間が情動を持った世界を。「ハードボイルド・ワンダーランド」はその裏返された世界です。人々は自分の欲望に従って行動します。現代社会の写しです。ここで欠けているものは、本質です。深層心理とかアイデンティティーと言い換えることもできます。日々の生活の中で見失っている本当の自分。

 どちらの世界においても、登場人物は自分探しの旅をしているわけです。ふたつの世界は、一方が欠いているものを他方が持っているという関係にあります。どちらが優位というのではありません。だから一方が他方に包含される関係ではありえません。

 今ある世界に欠けているものを追い求めるだけならば、それにはいろいろな方法があります。イデオロギーと呼ばれるものがそうだし、宗教もそうです。その世界に欠けているものとは、結局はその世界の原理や創造者ということになります。たいていの小説は、そうした結論に行き着くわけです。

 村上はそうした結論を否定したいのだと思います。ふたつの世界が相互に依存しあっている図式においては、お互いが根拠にしているものが無限に往復し合い、根拠は意味を失います。自分探しの無意味性。意味を与える超越した存在などあり得ないと認識すること、それが新たな出発点となります。こうした認識は、共同幻想ではなく、対幻想ということになるでしょう。

2010年01月17日

『きらきらひかる』

 江國香織の小説である。ここ数日の間、ドストエフスキーの『罪と罰』を読んでいるのだが、なかなかページが進んでいかない。そこで、傾向の違う小説を間にはさんで、気分を変えようと考えたのだ。

 夫を主語にした章と妻を主語とした章とが交互に繰り返されながら、物語は進行する。この語りの形式はどこかで見たことがある。『冷静と情熱のあいだ』だ。しかし『冷静と情熱のあいだ』は、主人公の男の視点を辻仁成が、女の視点を江國香織が担当していたから、男と女の視点がもともと異なるという前提があったし、それが物語の信憑性を担保していたと言えるだろう。『きらきらひかる』は、ひとり芝居である。男と女の視点を使い分けながらも、結局は江國の想像力の範囲内に物語はとどまる。

 似ているのはむしろ、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』かもしれない。作者の想像力によって構築された人工的な世界。そこでは、日常生活からの類推などは役に立たない。登場人物の行動が作者によって制御されているとすれば、結末は予定調和なのだし、そこにリアルな男と女の視点が現れるはずもない。われわれは、そこに書かれたことではなく、書かれなかったことを読み取らなければならない。作者が意図的に書かなかったこと、書こうにも書きようもないこと、そうした影の部分を浮かび上がらせることこそが、アルチュセール的な「読む」という行為なのだ。

 では、その書かれなかった部分とは何なのか。物語の進行上不可欠にも関わらず、そこに欠けているもの。それは、主人公の睦月と笑子の出会いから結婚までのプロセスである。たしかに見合いの場面は回想という形で描かれている。しかしそこから結婚にいたる心理の描写はなく、もともと二人が結婚しているという前提から物語は始まる。二人がなぜ惹かれあうのかがテーマだというのに、その始原は描かれない。物語は、始まりを持たないトートロジーなのだ。円環をずっと繰り返すだけである。物語は、始まったときには、すでに終わっている。この小説の本当のテーマは、この書かれなかった始原である。闇の中での飛躍としか言いようのないもの。

 物語は、始まったときにはすでに抜け殻になっている。同性愛者の睦月と情緒不安定でアルコール依存の笑子。睦月には同性愛の恋人・紺がいる。セックスは睦月と紺との間にはあり、睦月と笑子の間にはない。こうした関係は三人の間で了解済みである。これは、睦月と笑子との間のセックスを離れたプラトニックな愛を取り出すための舞台設定なのだ。さらに、紺が睦月の「影」であり、人間の完全さは「影」に支えられているという解釈を付加することも可能だろう。だがこれだけでは、単なるきれいごとに過ぎない。ではわれわれの現実と、この物語とはどう結びつくのか。

 三人は、睦月を間にはさんで一直線上に並ぶ。プラスとマイナスとが引き合うとすれば、睦月をプラスにした場合、「マイナス-プラス-マイナス」という配列になる。マイナス同士は引き合わないから、この直線はひとつの完結した形のように見える。しかし、物語が進行するうちに、この直線はそのままではいられなくなる。笑子と紺との間に感情が芽生えるのだ。それはお互いの睦月との関係を維持するために手を結ぶというような関係である。これを友情と呼ぶのかもしれない。こうして両端のマイナスとマイナスとがつながり、円環ができる。三人の関係はこうして完結し、他からの介入を許さないものとなる。この小説は、閉じないはずの円環が閉じるというモデルなのだ。紫色と赤色は、分光分布では直線の両端に位置するのだが、それがつながって隣り合わせになると、マンセル色相環ができる。それとまったく同じ関係である。

 円環として完成してしまえば、それがつながる前の状態を思い浮かべることは難しい。しかし、確かにそれがあったはずなのだ。円環が閉じる直前のリアリティーを、われわれは閉じた円環の中にいながら想像しなければならない。閉じないはずの円環が閉じるという論理をさらに遡って適用してみよう。この物語が始まる以前の睦月と笑子との出会いについて。そこには、作者ですら決められない深淵と飛躍があるはずなのだ。出会うところまでは周囲がお膳立てしたものであったとしても、そこから先は何も導くものはない。結局暗闇の中での飛躍しかありえない。それ以前とそれ以後は不連続なのである。結局恋愛を支える根拠など何もない。

 江國香織の小説を読んでいて感じる刹那さのようなものは、この根拠のなさにあるのだろう。一見幸せそうな会話や生活も、一歩足を踏み外せば、根拠のなさという闇に沈んでしまう。今隣にいる人がこの人でなければならないという必然性もないし、その人は次の瞬間には自分から遠ざかっていくのかもしれない。出会いが不連続点であったということは、現在の関係が過去からの積み上げではないということを意味しているのである。

 白雪姫等の童話は、徐々に関係を積み上げつつ、結婚というゴールに向う。そのプロセスが劇的であることによって、ゴールした後の幸せが永遠に続くことが示唆される。しかし江國の小説ではこの関係が逆転していて、結婚がスタートになる。スタート以前に何かがあったことは確かだが、それは語ることができない。物語は常に、根拠づける過去を失った現在進行形である。何が正しいのかわからないまま、手探りで進んでいく。それは登場人物も作者も同じことである。そこに彼女の小説のリアリティーがある。

2010年02月28日

『罪と罰』

 自分でコンプレックスを持っていることや自分の秘密を他人に指摘されるとき、たいていの人は不愉快な思いをするでしょう。隠しておきたい自分と見せたい自分とを区別し、見せたい自分だけで社会に適応しようとしているからです。

 しかし自分の両面、つまり隠したい部分と見せたい部分とを区分けできるということは、まだその人は自分を客観的に見る冷静さを持ち合わせているということです。ですから、隠したい部分を他人に指摘された場合でも、一時不愉快な思いはするでしょうが、そうした指摘を取り入れて新たな自分をつくりあげ、自分をいわば進歩させることも可能になります。つまり意識されていれば、問題の解決も可能になるということです。

 やっかいなのは、隠しておきたい自分が自分でも意識できていない場合です。これはその人が裏表のない人間であることを意味しません。無意識の内に隠された部分があるわけです。それを他人に指摘されると、過剰な防衛反応を引き起こします。意識されてはいないけれども、どこかに「引っかかり」はあるのです。それが刺激されると、本人に意識されていない分余計にいらだちを引き起こします。

 ラスコーリニコフと予審判事ポルフィーリイが火花を散らす場面というのは、結局はこういうことでしょう。もちろんラスコーリニコフには自分の罪という隠したいものがあります。でもその指摘が、意識された部分だけでなく、それを超えた無意識の部分にまで浸透してくるというところに、核心があります。個別の罪ではなく、人はなぜ生きるのかという原罪の部分にまで食い込んでくるのです。それがラスコーリニコフの錯乱を引き起こしたのだと思います。通常ならば、個別の罪の告白で済む話が、自分の意思を至上のものとするラスコーリニコフにとっては、内面の崩壊にまでつながることになるわけです。

 ラスコーリニコフとポルフィーリイのやり取りは、精神分析と言っていいと思います。ポルフィーリイは、証拠を握っているわけではありません。彼は仮説を立てているに過ぎません。しかし、それがラスコーリニコフに及ぼした効果を確認することで、その仮説の正しさをポルフィーリイは確信するのです。 精神分析というのは、本人が抑圧してしまった部分を、再構成して本人に提示し、本人がそれに気づくことで自己治癒を促すというものです。でも本人はそれを認めたくないので、精神分析医に反発したり迎合したりと、激しい抵抗を試みます。つまりラスコーリニコフの抵抗の強さは、ポルフィーリイの指摘が核心を突いていることの証明なのです。

 ソーニャとの関係ももちろん重要なモチーフですが、やっぱりポルフィーリイとの対峙がなかったら、この物語は成り立たないと思います。『罪と罰』は、自己中心的な妄想が、近代的な自我へと組みかえられていく過程としても読めるでしょう。誰しもが自分の隠したい部分というのを抱えているはずです。でも少なくともそれを意識化することで、社会との折り合いをつけていくことが可能になるのではないでしょうか。

2010年03月28日

『カティンの森』

 1月に京都シネマで見たアンジェイ・ワイダ監督の映画だ。

 軍隊内で命令に従わざるを得ない状況、国家の独立を守るという大義、自己保身、名誉欲などに対抗して、人間の良心がどこまで耐えられるのかをこの映画は問いかける。

 しかし問題はそれほど単純ではない。人間の良心すらも、こうした状況に左右されるからだ。それが正しくないと知りつつ行動する人もいれば、それが正しいと信じて行動する人もいる。正しいという確信は、政治的な主義や国家の大義から来るのかもしれないし、それを疑う自分というのも、結局は別の主義や大義に軸足を置いているのかもしれない。

 カティンの森虐殺事件の真相を暴くこと、それは良心にかなった行為であるけれども、それはまた別の政治性を帯びてきて、新たに別の抑圧を生み出すかもしれない。すべてが円環のようにつながっている。これがカミュのいう「不条理」でなくてなんなのか。

 事件を告発する視点は、イデオロギーや国家ではもちろんない。それは個人に求められなければならない。しかも、たとえ作業仮説としてであれ、その個人は集団から切り離された個人でなければならない。集団から引き離された個人は、あまりにも無力だ。しかし、孤立した無力な個人の位置にとどまることによってしか、この事件の解明はできないのではないか。

 この映画を見て思い出したのは、ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』である。舞台が同時代のポーランドであることも共通している。複雑に入り組んだ関係を整理するためには、視点の設定を必要とする。すべてを平等に見通せる純粋な視点の設定が可能かどうかというのが、小説のテーマだったと思う。主人公のオスカルは、大人の世界に染まることを拒否して、成長を止めてしまった。純粋な子供の目から見た大人の世界の醜悪さが描かれていく。大人の世界とは、ポーランドを巡る政治的な関係と読み替えることができる。

 しかし、そうした純粋な視点などというものはあり得ない。無邪気なオスカルは、天使であると同時に悪魔でもあるかのようだ。状況によっては、純粋さが人を傷つけることもあるのだ。「本当の自分」とか「純粋な良心」といったものを求めること自体に、すでに罠が仕組まれているのかもしれない。だとすれば、良心とは、完全な純粋さではなく、あるどこか一点で踏みとどまることではないだろうか。

2010年04月21日

『プレイバック』

 レイモンド・チャンドラーの最後の長編小説『プレイバック』を読み返した。初めて読んだのは、確か中学生の頃だ。その時は、あまりおもしろいという印象はなかった。主人公フィリップ・マーロウの次の有名な台詞を意識することもなかった。

If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.

 この台詞がどんな文脈で登場したのか知りたくて、この小説を読み返したというわけだ。読んでいくに従って、部分的に思い出す場面もある。だが誰が犯人だったのかという核心部分は思い出せないままだった。ジャンルで言えば推理小説なのに、ストーリーの核心部分を覚えていないのは奇妙なことだ。

 この台詞が登場するのは、事件が大方解決した後である。ハヤカワ・ミステリ文庫(清水俊二訳)では232ページ。

「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなにやさしくなれるの?」と、事件の台風の目であった女が問いかける。マーロウの台詞はそれへの回答だ。

「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」

 「しっかりしていること」と「やさしいこと」とが、相いれないという前提が問いには含まれている。人が生きていく上では、どちらか一方しか選びようがないとでも言うように。

 マーロウの答えを見ていく。「しっかりしている」ことは生存のための条件だ。しかしそれだけでは意味がない。生存に意味を与えなければならない。「やさしくなること」は、生きることに意味を与えるということだ。物質と精神の二分法である。精神を上位概念にもって来ることで、相いれないものが統合される。強固な外面に守られることで、内面の純粋さが保証されるということだ。内面は直接に外面には反映せず、外面は内面を隠すバリアともなる。

 しかし彼女にとっては、「しっかりしていること」と「やさしさ」とは、あくまでも同じ平面上にあって相いれない。的確な判断や強引ともいえる行動力が「しっかりしていること」の内容だとすれば、「やさしさ」は弱さということになるだろうか。同じ平面上では、無原則に両者が交じり合うことなどあり得ない。この質問と答えが噛み合わないという構成こそが、実はこの小説の核心なのではないか。

 チャンドラーの小説は、マーロウの一人称で語られる。だから状況の描写は、彼を通して行われる。小説の中で内面を持つのは彼だけである。だから彼はあの台詞が言えたのだ。登場人物は、外面だけでお互いに接している。場面に投げ込まれたマーロウも、他の登場人物からは外面しか見えない。ストーリーが進行して行くためには、登場人物それぞれの動機と行動とが統合されている必要がある。その中でマーロウは、いわば特異点なのだ。

 女の問いかけは、一人称の語り手が特異点であることを暴露する。ストーリーの中に身を置きながら、同時にそれを外側から眺めているような視点。しかしそれは、ストーリーを意のままに出来る全能性を意味するのではない。作者の分身として投入されながら、それを逸脱し、別の存在感を獲得して行く。チャンドラーの小説のリアリティーは、このあたりに秘密があるのではないかというのが、今回読み返してみての感想である。

2010年05月06日

悪人往生とは

1

 日本に入ってきた仏教は大乗仏教で、一般大衆を救いの対象としていましたが、それでも各人が悟りを開くためにはそれ相応の修行が必要でした。

 仏教の歴史の上で革命的といえるのは、やはり浄土教の誕生でしょう。念仏を唱えさえすれば、身分や財産や日頃の行状に関係なく、人は誰でも浄土に行けると法然や親鸞は説きました。救いを得るためには、善人であるか悪人であるかすら関係ありません。これで一気に仏教の裾野が広がっていきました。

 修行をして悟りを開くというとき、内面と外面は一致しています。他人がその人を見た場合もそうですし、本人にとってもそうです。善い考えは善い行動となって現れるはずなのです。宗教というのはたいていそうした内面と外面の一致を求めます。極端なのはキリスト教で、姦淫の気持ちを持っただけで、その人は姦淫を犯したのと同じだとまで言うわけです。

 これに対して浄土教は、内面と外面を分離します。内面はたとえ悪人であってもいいのです。そんなものは他人にはわかるはずのないものだからです。ただ外面で念仏さえ唱えれば、つまり外面さえ装えば、それでいいのです。

 これを偽善と見る考え方もあるでしょう。しかし内面と外面を分離することによって、はじめて内省というものが生まれるのです。外面は社会の規律に合わせる必要があっても、内面ではそれとは異なることを構想できる、これが近代的な個人です。悪人往生でいう悪人とは、近代的な個人のことです。救いは外部から与えられるものではなく、無限に内省を深めざるを得ないこの構造こそが「救い」と言えるでしょう。


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 「神の見えざる手」に導かれるように、市場を通じて物やサービスの最適な分配が実現されるとアダム・スミスは説きました。「神の見えざる手」を、数学を使ってもっとも美しい形にまとめたものが、ワルラスの一般均衡理論です。

 消費者や生産者といった経済主体が自分の利益を最大にするように行動すれば、社会全体にとっても最適な分配が、市場を通じて自動的に決まるというものです。最適な分配状態が均衡です。均衡を外れた状態がもしあるとすれば、市場の力によってただちに均衡に引き戻されます。そこでは均衡が正常な状態です。不均衡が是正されるのに時間は必要とされません。というより、不均衡とはあくまで仮想的なもので、見かけの上では均衡が永遠に続くのです。

 永遠に続く均衡という言葉は、天国、涅槃、浄土、悟りといった宗教の理想を思い起こさせます。争いや葛藤を超越したとき、そこでは時間がなくなるのです。それが永遠です。アダム・スミスが「神の見えざる手」という例えを使ったのは偶然ではないでしょう。経済学の理論は天国をモデルにしているのです。資本主義の発展の背景にプロテスタンティズムがあると、マックス・ウェーバーは述べました。しかしそれはプロテスタントの勤勉な道徳のせいではありません。彼らが認識した市場経済の仕組みが、宗教の構造と相似形だからです。だから今日グローバリズムとして見られるように、あたかも宗教を広めるかのように、世界の隅々まで市場経済を拡張しようとするのです。

 一般均衡理論に戻ります。各経済主体は、誰からも強制されることなく、自分の意思で自分の利益を最大にするように行動します。各人の自由な行動が、社会全体にとっても最適であることが理論的に保証されるわけです。しかしこの理論では、人類が市場経済にどうやって至ったのかや、市場経済に限界があるかどうかは説明できません。閉ざされた体系なのです。各人はその体系の中で自由を与えられているにすぎないのですが、あたかも自分たちの自由が世界を決定しているかのように信じます。結局はトートロジーの世界なのです。

 宗教も同じ構造を取ります。とりわけプロテスタンティズムにおいてそうです。信仰は各人に内面化されています。内面化されているということは、救いはすでにその人の中にあるということです。自分が救われるべき集団に入っているとき、救われるべきでない人など目に入らないでしょう。天国という理想の世界に人はひきつけられて当たり前だと考えるわけですから、それを信じない人の存在は、信仰をもった人にとってはあり得ないのです。

 宗教はどれも理想の世界を提示しますが、人がどうやって信仰を受け入れたり、それから離脱するのかを説明できません。これが宗教の最大のパラドクスです。このギャップを乗り越えるために捏造されるのが、「奇跡」と呼ばれる事象です。でも信じない人にとっては何の意味もありません。

 仏教において、修行や念仏によって、人は涅槃や浄土という理想の世界に至るとされます。その理想の世界は精緻に理論化されています。しかし、その理想に至るプロセス、つまり人がなぜ信仰を受け入れるかの説明は、その理論の中にはないのです。このパラドクスに気づいたのが、法然や親鸞だと思います。「悪人往生」における悪人とは、教化が遅れた人ではありません。信仰というトートロジーの外にいる人、信仰を持った人の目には映らない人なのです。もちろんその人たちが救われるように、代わりに祈ってあげましょうということではありません。悪人こそが往生するというのは、文字通り信仰を持たないことが信仰だということです。宗教のパラドクスを簡潔に言い表しているのです。法然や親鸞の思想が、実在の教団にどれだけ引き継がれているのかは知りませんが、宗教史において根底的な意味を持つのはこのふたりだと言って間違いないと思います。

 信仰を持たないことが信仰であるとは、同一平面上では成立しません。両立させるには、内面と外面の分離を必要とします。信仰を装った不信仰なのか、不信仰を装った信仰なのかは問いませんが、いずれにせよ2つのレベルを設定することが必要になるのです。従来、マックス・ウェーバー的な個人、あるいは一般均衡論でいう経済主体が、近代的な個人と見做されてきました。しかしそれに代わって、内面と外面に分裂した自己の方こそ、近代的な個人と呼ばれるべきだと思います。そして各理論もそちらに組み替えていく必要があります。

2010年06月05日

近江八幡紀行

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 近江八幡駅前での用件を済ませると、「ぶーめらん通り」と名づけられた駅前通りを私は西に向かって歩き始めた。暑さを予想して夏用のジャケットにしてきたのだが、それでも汗ばむほどの天候だ。

 20分ほど歩くと旧市街に着く。2年ぶりだ。その時の記憶を頼りに、ヴォーリズが関わった建物や、近江商人の町家をいくつか見てまわる。

 旧市街といっても、歴史的な建築物がそれほど多く残っているわけではない。点在しているというのが実状だろう。町家が街並みとして残っている地域はさらに限定される。

 それでも、町としての統一性をかろうじて保っているのは、道路による区画のためだろう。さらに付け加えるならば、かつて下水道として使われていた水路が、建物の間を流れていることだろうか。この水路は八幡堀に注ぎ込む。道路と水路とで構成されるグリッドは、自動車交通のために拡幅された道路を除けば、近江八幡という町が出来たころに遡ることができるだろう。豊臣秀次がこの町を整備したとされる。

 注目すべきは、道路の幅である。当時の交通手段は徒歩が主で、せいぜい馬が通ることがあっただけだ。馬にしても、走って通れるほどの幅ではない。道路に面する建物の表情は、この道路幅が必然的につくりだしたもののように思える。通行人相手に商売をするには、門や庭を介してではなく、直接建物が道路に面する必要があるのだ。道路幅がこれより広くても狭くても、両側の建物とのバランスは崩れてしまうだろう。

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 拡幅された道路もあるが、幹線通りから奥まった道路は以前のままの幅である。しかし、それらの両側の建物は、たいていは建替えられてしまっている。それはもちろん仕方ないことではあるのだが、見ていると、新しい建物でも町になじんでいるものもある。それはおそらく、道路幅を意識した建て方をしているからだ。現代の生活には自動車は欠かせない。だが、家と道路の間を駐車スペースにしたりすると、たちまち街並みは崩れる。また、郊外型の建て方で、道路と家の間を庭にした場合にも、違和感が生まれる。こうした違和感をもたらすこと自体が、道路幅の持つ力の大きさを示している。建替えられてしまった建物に違和感を感じられる間は、われわれの心の中に近江八幡の町が息づいているのだ。

 この町で支配的なのは、道路のグリッドと、道路の幅である。現代的な基準からすれば、使いにくい道路であり、利便性からすれば住みにくい家しか建てられないのかもしれない。だがこの道路幅が維持されるなら、近江八幡らしさも残るような気がする。反対に、たとえ歴史的な建物を保存しようとも、道路幅に手をつけた時点で、この町の歴史は終わるのではないか。

2010年06月26日

『告白』

 映画『告白』を見た。湊かなえの原作を中島哲也が映画化している。

 少年法への問題提起と捉えることには意味がないだろう。主人公の少年が、幼少期の精神的な傷を引きずっているという解釈にも意味がないだろう。

 おそらく作者には、ここで提起されているかに見える問題に答えを出そうという意図はなかっただろう。では何が作者にこのストーリーを書かせたのか。ある条件の組み合わせがもたらすストーリーの自律的な進行が、彼女の関心だったような気がする。少年法は、そうした条件のひとつに過ぎない。だからここで少年法の是非を問題にしても仕方ない。少年法は、ある種のダブルバインド状況をつくりだすための道具立てである。HIVや熱血教師や過去の猟奇的事件も、そうした道具立てである。いくつかの条件が互いに規制しあい、軋轢を起こし、思わぬ効果を生む。作者は、そうした条件がつくりだす世界を、善悪の判断を保留したまま記述するのだ。善悪の判断を保留することによって、これまでの常識的な物語はあっさりと飛び越えられてしまった。

 それぞれの条件は、手術台の上でこうもり傘とミシンが出会ったときのように反発しあい、思いもかけぬ方向に弾き飛ばされる。自動筆記のように、与えられた条件からの演繹で物語は進行するのだが、その行き先は作者でさえも知らない。

 与えられた条件に登場人物はなんらかの反応を示すわけだが、しかしその条件がダブルバインドになっている場合、反応には跳躍が伴う。つまり反応を正当化する根拠はさしあたって見当たらない。反応が一通り出揃った後で初めて、その意味を反省することが可能になるが、その時にはすでに手遅れと言っていい。例えば、少年AとBを断罪することの正当性。クラスメイトが少年Bに送った寄せ書きには、表向きとは正反対のメッセージが込められていた。行き場を失った正義感がこうした裏のメッセージとして現れたという解釈はできるかもしれないが、そうすることが正しいとは誰も言うことができない。人間の反応は、どちらでもあり得る。それは少年AやB、復讐する女教師についてもあてはまる。

 自動筆記によって書かれたような物語でありながら、われわれは不思議とこの物語に引きつけられる。それは、登場人物のそれぞれに少しずつ感情移入できる余地を残しているからではないだろうか。娘を殺された女教師はもちろんだが、少年Aや少年Bにもどこかで自分を投影させてしまうような経験は誰もが持っているはずだ。つまり虚栄心や優越感、孤独を恐れる気持ち、愛されたいという欲求は、程度の差はあっても誰もが持っているはずだ。いじめはいけないと知りつつも、素朴な正義感がいじめのような行動として現れてしまうことにも、どこかで共感できるものがある。悪と知りつつ惹きつけられることとかもそうだ。

 こうして、観客は登場人物に感情移入していく。もちろん同時にすべての登場人物に感情移入することは不可能なので、その場面ごとということになるが。そうして結局矛盾した内容がすべて観客の心の中に入ってくることになる。だから何が正しいか決められないし、結論を引き出すことは不可能だということになる。さらにいえば、われわれが少年AやBのようにならないとは、誰も断言できないということだ。たまたまそうでないのは、何かの偶然でしかないのかも知れない。

 贖罪がテーマということであれば、ドストエフスキーの『罪と罰』が思い出される。『罪と罰』では、ラスコーリニコフは善意に囲まれていた。善意を前提することで、ドストエフスキーは、あらかじめ答えを用意していた。しかしこの映画では、少年AとBを取り囲むのは悪意だけである。こうした状況の放り込まれてなお、人は贖罪を語りえるのか。『告白』は、本当の意味での『罪と罰』である。

2010年07月27日

江國香織の小説

 江國香織の小説には時間の進行がない。ひたすら現在だけがある。過去のエピソードといえば、現在から類推可能な範囲のものだけ。未来は、現在の単純な延長であることがあきらかだ。変化や成長といった言葉が入り込む余地はない。

 そして、彼女の小説には、嫌なものが登場しない。最初はちょっと嫌に見えるエピソードも、実際にはたいしたことがないというのがすぐにわかる。

 だから物語は、進行しているようでいて、進行していない。登場人物たちにとって心地よいものをひたすら羅列していく。料理やケーキをつくる場面がよく出てくるが、物語全体が、まるでそうした料理やケーキのようだ。わざわざバランスを崩すような材料を選ぶ人はいない。彼女が選んだ材料でつくられた彼女だけの世界。

 例えば『流しのしたの骨』。予定調和のように仲の良い6人家族の物語。不幸な人間が一人も出て来ないのは、誰も不幸にしないと彼女が決めたからだ。家族の物語でありながら、家族の起源は描かれない。つまり両親がどうやって出会い、どういう過程を経て今に至るのかは明かされない。そして、子供たちはそろそろ独立する年齢であるにもかかわらず、両親を離れて新しい家族をつくる指向性を持たない。つまりこの家族は、種族の再生産を行なう単位という意味での家族ではない。父は父の役割を、母は母の役割を、娘や息子は子供としての役割を、それぞれ完璧に演じているが、誰も行動の根拠を持たない。家族が社会的な再生産から切り離されたら、父や母であるという意識、子供であるという意識を与えるものがなくなるはずだからである。だからこれは、家族の物語であって、実は家族の物語ではない。

 こうして、物語は奇妙な浮遊感を獲得する。登場人物は、生まれたときから現在のような性格や性癖を持っているかのようである。自分がどこから来てどこに向うのかにはまるで無頓着である。自分のアイデンティティーを支える根拠がなくても生きていけるかのようである。自分探しの物語とは正反対。社会のある程度の豊かさが、こうした登場人物のあり方の根拠になっているのかもしれないが、作者は意図的に社会との接点を切り離そうとしているように見える。そして社会との最期の接点である家族までも括弧に入れて棚上げしているように見える。

 生産関係が意識を規定するという近代的知の枠組みに対する批判として、江國香織の小説を読むことは可能かもしれない。家族という擬制を採っていても、登場人物の間になりたつ関係は家族ではない。各人は、実は放り出された自由な個人なのだ。

 しかし、そうして得た自由の行き先はどこにも示されていない。生産関係を括弧に入れるということは、現実逃避と裏腹である。つまり都合の悪いことを忘れてしまうだけで終わるのかもしれない。それが新しい可能性を開くのか、それとも単なる現実逃避なのか、むしろその選択を彼女の小説は問いかけているのではないか。

2010年09月21日

『東京島』

 外部から隔絶された無人島という環境は、われわれの世界とはまったく異なった世界をつくりだすのではなく、むしろわれわれの世界を写すクローンをつくりだすのではないか。

 性(セクシュアリティ)が制度であるということを、この映画は暴き出す。無人島に流れ着く前の結婚制度はここでは通用しない。だから清子の夫は、早々と舞台から姿を消すことになる。そして男達による清子の奪い合いが始まる。しかし、腕力に勝る男が勝利を収めるという図式は、あっさりと否定されてしまう。性は本能ではない。あるいは少なくとも本能だけではない。彼らは制度としてこの問題を解決しようとするのだ。

 彼らは、本能によって奔放に行動しているわけではなく、かといって脅迫されて厭々そうしているわけでもない。与えられた条件の中からその都度制度をつくりあげ、その制度を自分に納得させながら行動しているに過ぎないのだ。

 「愛」や「道徳」すらそうした制度に組み込まれていることが明らかになる。島の外部にいるわれわれの道徳観で清子の行動を判断するのが間違いであるというだけでなく、むしろわれわれの世界も結局は制度の枠組みの中でつくられた道徳観に支配されているということなのだ。立場を入れ替えれば、東京島の道徳観からわれわれの道徳観を見ることになる。われわれの中で、外部から東京島を見るという視線が逆転し、東京島から外部の世界を見る視線がいつのまにか生まれている。東京島は、世界の縮図とも言える。

 この主題は、フェミニズムの理論と重なる。どこまで行っても出口はない。無人島で清子に出口がないように(もちろん男達にも出口はないのだが)、島の外にも女達の出口はない(もちろん男達にもない)。フェミニズムとは、そこからの具体的な解放の道を指し示すものではなく、まずはわれわれが捕らえられているこの構造の存在に気づかせるためのものだった。

 ある本で読んだことを思い出した。オウム真理教の出家信者に上野千鶴子の信奉者がいたそうである。またアダルトビデオの出演者にも上野千鶴子の信奉者がいたそうである。それが彼女達にとっての自己解放であるならば、道徳的に批判する資格など誰も持っていない。ただ言えることは、自分自身を見つめる視点を、彼女達がどこか実践の過程で失っているのではないかということ。自己解放という安住の地に辿り着いたとたんに、われわれを捕らえている構造そのものがなくなってしまうかのように錯覚してしまうのが問題ではないのか。

 そもそも社会科学の理論というのは、自分自身を含めた全体を外部から眺めることによってしか成立しない。もちろん自分自身を眺めることは実際には不可能であるから、あくまで仮想的ということであるが。東京島の謎を解く鍵はここにあるのではないかと思う。

 清子の行動がいかに場当たり的に見えようとも、彼女には外部につながる接点が常にあった。それは、脱出への希望である。彼女が自分に言い聞かせているだけのはかない希望ではあるが、これが島の男達との違いである。自分を相対化する視点といっても良いだろう。そうした他者的な視点を自分のなかで持ち続けることで、彼女は彼女でありえた。

 女が彼女一人という設定であるから、清子があくまで個として登場するのは当然である。それに対して、男は集団、群れとして登場する。もっと個々がバラバラになってもよさそうなものなのに、なぜか男は群れをつくる。その例外はワタナベかもしれない。『東京島』の物語は、他者性を排除していくことで進行する。群れに解け込まないワタナベは、集団にとっての他者であることによって、逆に集団を安定させていたと言えるだろう。そうした他者性を担う人物が排除されていった後で残った島の社会は、悪夢以外の何物でもない。

2011年04月13日

『パウル・クレー展』

 『パウル・クレー おわらないアトリエ』。京都国立近代美術館。2011年3月12日から5月15日。

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 会場に入ってすぐの壁には、初期の鉛筆描きの単線のスケッチが何枚か展示されていた。ややデフォルメされた線で、対象の特徴が的確に捉えられている。線とは、対象を背景から切り取るものなのか。輪郭線によって、対象と対象外が切り分けられる。対象と対象外との境界線が、画面の中では輪郭線として現れる。

 対象を描くということは、対象でないものとの差異を描くということだ。差異を表現する技法によって、芸術上の潮流や流派が分かれるのではないだろうか。例えば、差異を表現する手段に「点」を採用したのが印象派である。光が点の分布として表現される。単線のスケッチの場合は、差異の表現手段はもちろん線である。それ以外に面による表現も考えることもできる。

 単線で描く場合、対象とそうでないものとの区別はまだわかりやすい。だが点で描かれる場合には、対象は輪郭を失い、既に光の分布に還元されてしまっている。そこでの差異とは、モノと背景との差異ではなく、光の分布密度の差異である。こうして技法は対象の捉え方を規定する。というよりむしろ、技法そのものが対象という虚構をつくりだすと言うべきなのではないだろうか。モノが輪郭線によってひとつひとつ分けられるというのは幻想で、本当は分けることのできない一体のものかもしれないのだ。

 クレーの着色された作品では、対象を面で捉えようとしているように見える。色の異なる面と面の間には、もちろん輪郭線が発生してしまうのだが、問題は、この輪郭線をいかにして消去するかにある。面と面との境界をぼかしたり、線描とはずらして着色をしたり。だがこうして面として表現された対象は、当然単線だけで切り取られていた対象とはずれてくる。それまで背景として扱われていた部分まで含めた新たな対象がそこに再構成されるのだ。それまで対象を切り出す役割を果たしていた線は、今度は面の中を装飾する紋様のようなものに姿を変える。

 面による再構成は、点による再構成とはまた別の虚構をつくりだすだろう。別々のモノ同士の間の類推関係などが重視されることになる。ここでの類推関係とは、それぞれのモノが以前から持っていた意味ではない部分で生じる類推関係である。こうして絵画は、現実の描写にとどまるのではなく、現実を変えるためのモノ同士の新たな関係性の発見へと導くだろう。

2011年07月10日

My camera

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 フィルムカメラは、以前はいくつか持ってましたが、壊れたり他人に譲ったりで、残っているのはこれだけです。OLYMPUS OM-1。レンズは50mm-F1.8。10年ほど前に購入。購入後しばらくしてシャッター廻りをオーバーホールしていますが、その後は故障もなく使っています。

 カメラは、余計な機能の付いていないシンプルなものが一番です。AF(オートフォーカス)もAE(自動露出)も不要です。時代の流れとしては、フォーカスを合わせたり、露出を決めたりする作業を自動化する方向に動いているのですが、それで便利になったかというと、必ずしもそうは言い切れません。自動化されたカメラだと、フォーカスが合うまではシャッターが押せない等、逆にストレスを感じたりもします。

 シャッターを押す前に決めなければならないのは、シャッタースピード、絞り、フォーカスの3つです。1枚写すたびにこれら3つを決めるのは一見面倒に思われるかもしれません。しかし順序だてて考えてみれば、それほど難しい作業ではないとわかります。

 まずシャッタースピードをあらかじめ決めてしまいます。周囲の明るさを勘案しながら、手振れしないスピードに設定します。そして、各被写体ごとの露出の違いは絞りで調整します。ですからここまでで、シャッターを押す前にする作業を、絞りとフォーカスの2つに減らすことができたわけです。そして絞りですが、撮影場所が日向から日影に入ったような時には、もちろん変更する必要がありますが、周囲の条件が同じような場合には、細かく調整する必要はありません。写真をデジタルデータ化すれば、明るさは後で調整ができます。ですから結局、一枚写すごとに気を使わなければならないのは、フォーカスだけということになります。

 最近のカメラのAFは、人間よりも精度が高いかもしれません。でもフォーカスだけは、写真を撮る楽しみとして残しておいたほうが良いのではないでしょうか。面倒なことがひとつくらいはないと、楽しみもなくなってしまいます。

2011年07月25日

『コクリコ坂から』

 絵に描いたような予定調和でストーリーは進行する。登場人物はステレオタイプだ。与えられた役割の通り行動し、意外なところはなにもない。ノスタルジーとは、現在の時点から過去を振り返ることだが、この映画では、登場人物自身が既にノスタルジーを演じてしまっているようだ。言葉や行動の「落しどころ」が、意識されるにせよされないにせよ、あらかじめ内面化されているのだ。だから登場人物の思考や行動の振幅は小さい。問題を一挙に解決するようなヒーローも、常軌を逸した悪党も、ここには登場しない。

 ノスタルジーとは、至福である。時間の経過が、善悪の境界をぼかしていき、すべてがすべてが善として了解される。だが宮崎吾朗は、はたしてノスタルジーのためだけにこの映画をつくったのだろうか。単にそうした映画をつくるだけならば、彼以上に洗練されたセンスを持った監督はいくらでもいるだろう。むしろここで演じられたノスタルジーは、その背後にあるものを浮かび上がらせるための幕なのではないだろうか。

 舞台となる高校で繰り広げられるエピソードには、60年安保が重ねあわされているのは確かだ。時代の大きな節目ということである。その節目に主体としてどう関わるのかが、ひとりひとりに問われている。だが実際には、彼らが取りうる行動の選択の幅が限られているというのも確かだ。超越的なヒーローがいない世界においては、ひとりひとりがどんなにあがこうが、結局は予定調和的に進行するように見えるのである。この閉塞感は現在にも通じている。だから、映画に描かれたノスタルジーは、安住すべき場所としてのノスタルジーではない。

 世界を変えられるのは、物語作者が外部から与えるような超越的なヒーローでもなければ、奇想天外なプロットでもない。それは、予定調和な世界そのものの中になければならないのだ。あえて予定調和な物語を展開することで、宮崎吾朗が浮かび上がらせたかったのはそれだろう。この映画に即していえば、それは恋する能力というべきものであり、もっと一般的に言い換えるならば、想像力である。表向き振幅の小さい物語の中で、海や俊(登場人物)の心の振幅は最大になる。それは画面に現れるものというよりは、われわれこそが想像すべきものだ。

 ベンヤミンは、アダムとイブの失楽園を、人間の言語が被った宿命として描く。

・「人間は善悪の問いを立てる行為の深淵で、この名の言語のもとを去る。」
・「蛇の誘惑によってたどり着いた認識、何が善で何が悪かという知識は、名をもたない。」
 (「言語一般について、また人間の言語について」)

「名の言語」とは、神によって人間に与えられた言語であり、動物や物を次々と名づけていくことによって、世界を認識していく。その世界認識は予定調和であり、そこには至福が支配する。しかし、善悪の判断が必要とされたとき、予定調和は崩れ去る。それが人間が楽園を去るときであり、言語の完全性を失う代わりに、言語を乗り越える視点(つまり外部)を手に入れるのである。

 想像力とは、まさに言語の延長が言語を超える瞬間に他ならない。

2011年09月01日

『モホイ=ナジ/イン・モーション』

 京都国立近代美術館にて。2011年7月20日から9月4日。

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 「ライト・スペース・モデュレータ」という作品。

 スイッチを入れると、金属を組み合わせた物体は動き出す。片側から当たった電球の光が、壁面に物体の影を映し出す。影は物体の動きを反映して、回転したり、流れたり、重なったり、揺らめいたりする。

 壁面に投影された影だけに注目してみる。影は何を表現しているのか。もちろん機械仕掛けの物体が作り出す影ではあるけれど、物体の全体像を表すのではなく、そうした全体像を否定しているように見える。主役は、部分化された幾何学的な影の形態なのだ。

 物体という対象を持つ点では具象だが、その像が物体の全体像をまったく再構成させないという点では無対象である。逆に言うと、無対象でありながら、物体という根拠を持たざるを得ない。いずれにしても、この作品が、物体と表現との臨界点を示していることは確かである。

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